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51.執行者R 2

「我が母校が、同じく都内の5つの大学と連盟を組んで東都六大学野球、なんてものを開催していることは、皆さんご存知でしょうか」 探偵の声は低いけれど良く通って、空気に振動を与える。腹の底に響いてくる。 「東都六大学と言うのは、東都大学、慶応儀塾大学、法制大学、明史大学、立卿大学、早稲川大学の6校。この6大学の野球部が連盟を組み、交流活動を行っているのが、東都六大学野球です」 唐突に始まった説明は、事件とはまったく関係ない話に聞こえた。 けれど探偵の話は、回り回って遠回りでも、必ず真相にたどり着く。 そこまでの間に、難しい話だと飽きて別のことを考えて、探偵に怒られたりしてしまうのだけれど。 今も良く分からなくて、早く話が次に進めばと思っていたりする。大学の話なんて、高卒の僕にとっては未知の世界だ。 「そのように世間一般で良く知られている東都六大学野球連盟ですが、実は東都六大学間で交流している大会は野球だけではないのです。水泳、陸上、バスケットボール、ヨット、自転車競技」 葵君の手が、ピクリと反応した。 警察も何か掴んでいるんだろう。 警察も無能じゃない。ただ、探偵の情報収集力が高過ぎて、彼らがそのスピードに追い付けないだけだ。 「挙げればキリがないが、更に、これには卒業生の集う大会もあります。───東都六大学自転車競技OB戦。 そうですね、菅原由実さん」 菅原由実はもう、話すことはおろか、人としてその場に存在することさえ、放棄したようだった。 その場に倒れたまま、顔も床に擦りつけたまま。 「30年前の春季東都六大学自転車競技OB定期戦で、一人の男が死亡している。立卿大学の卒業生、右京裕介。執行者Rの"R"は、立卿のイニシャルだ」 探偵は構わず話を続ける。 「そして、当時右京と交際していたのが、この菅原由実なんですよ」 ───繋がった。 一見意味の無さそうな出身大学自慢から、連続予告殺人犯に。 「世の中には、口の堅い人間とおしゃべりな人間とがいるもので。……他の大学を見習って欲しいものです。初めに口を割ったのは、早稲川の卒業生でしたよ」 外からサイレンの音が聞こえる。あれは、救急車の音だ。 詩子ちゃんの服の袖をクイ、と引く。 まだ行きたくない。まだ、真相を聞いていない。 自分だけ部外者だなんて嫌だ。それじゃあ、僕の中でだけ事件が終わらない。 察してくれたのか、詩子ちゃんは小さく頷く。 巨大な窓の外から赤い光が侵入して、白い部屋を赤く染めた。回転する(まば)らな赤。 窓を開けようとする葵君に、 「中に担架を引き入れ、待機させて下さい。風吹様の搬送は、お兄様のお話の後でお願いします」 詩子ちゃんが、伝えてくれた。 葵君が振り返り、心配そうに僕を見て、そして渋々頷いた。 「風吹さんが、そう望むのなら。───その代わり、青山さん、回りくどいことは結構です。簡潔にお願いします」 その視線が、探偵に向けられる。 「貴方も、風吹さんが心配なはずです」 「私が?どう思う?一条君」 どう思う?じゃねーよ。早くしろよ。このまま放っておかれたら、貧血でぶっ倒れるっつーの。 「お前、は、心配なんて…しないんだろ…」 僕が平気だって思ってるから。 何処にも行かないって、信じてるから。 だって、僕がそう言ったんだ。何処にも行かないから安心しろって。 だけど、こっちは座ってるのも辛いんだよ。そんぐらいは考慮しろ、クソガキ。 「さっさと、解決しろ。鈍ェ…んだよ、ばー…っか」 「仕方ない。少し飛ばさなくてはならないようだ。ついて来られない者は置いていくからそのつもりで」 窓が開けられ、バタバタと救急隊員が部屋に入ってくる。 葵君が指示をすると、彼らは僕の傍らに担架をつけ、すぐに乗せられるよう待機した。

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