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54.情報収集能力3

「恐らく、菅原由美が恋人の死の真相を知ったのは最近のことだったのでしょう。  この女はもう、20年も前から更科家に勤めています。つまり、殺すタイミングなら幾らでもあったのです。  そして、殺す相手が本人ではなくそれぞれの娘だった理由。  それは、自分と同じように愛する者を奪われる気持ちを味合わせてやろう等と言う、感傷からではなかった。それならば更科家では、姉の春子ではなく妹の桜子を狙うはずだ。    では、何故矛先が春子さんに向けられたのか」 「母が…原因ですね」 「そうでしょうね。  本人が何を思い優勝者に自らをと考えたのか。1人を選べなかったのか、誰でも良かったからなのか、自分を争い戦う男たちを見たかったのか、他の理由があったのか…。    そんなことはどうでもいい。理由など関係なかった。  菅原由美にとって更科百合子は、神聖なレースで調子に乗って自分を賭の対象にした思い上がり。殺人事件の元凶であったと言うだけです。  しかし憎い百合子はとっくにこの世にいない。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、と言いますが、その憎しみは娘である春子さんへ軌道修正された。  内部に長く居る者であれば、百合子と美櫻の娘はどちらがどちらか、分かっている筈ですから」 「兄様、それでは、春子お姉さまの傍にいながら今日この時まで手を下さなかったのは、何故なんですの?」 「さあ、時が満ちていなかったからか、春子さんを殺すことに躊躇していたのか。どちらにせよ、本人に聞けば分かることだ」 「そうだな、そりゃあ俺たちの仕事だ」 「そして娘たちを殺し、連続予告殺人、などと間怠っこいことをした理由は、話題性ですよ」 「話題性…?それでは、菅原は愉快犯だと?」 「愉快犯などと誰が言った。間抜けは黙ってい給え、執事君」 「っ……!」 また探偵は高虎をいじめて…。 青山、一日おやつ抜きの刑、決定。 「愛しい男を見殺しにした輩を法は裁いてくれない。この先も奴らは素知らぬ顔でぬくぬくと暮らしていくのだ。警察に行ってもこれは犯罪ではない、相手にされないだろう。  ならば、誰に裁いて貰うか。    一番巨大で恐ろしい存在───世間ですよ。    有名なら有名な者ほど、人々はその者の仕出かした悪行を忘れない。  善行はすぐに忘れてしまうくせにね、人の粗は人にとって嬉しいものなのだよ。  それが自分よりも優れたものであればあるほど、ね」 犯罪にはならない。 けれど非道な行いは、世間で批判を受ける。 法が許しても世間は許さない。 自らを見つめるすべての目が、敵になるのだ。 生きて罪を覚えろと、菅原由美は男たちにそうして罰を与えようとしていたのか。 「それで、3通の封書には予告状の他にもう1枚、この殺人予告をマスコミに流せ、と書かれた紙が入っていたと言うわけか。世に、知らしめるために……」 「4通目にも入っていたよ。これについては、開封時に更科氏の美人秘書が見ています。事務所に来たのは残念ながら、男性秘書でしたが」 「女性秘書、ね。そりゃ雪ちゃんの担当分野だ。警察にゃあ真似できねぇや」 「やだなあ、呉島さん。誤解されるようなことを言わないで下さいよ。また一条君に怒られてしまう。うちの風吹は凄いヤキモチ焼きなんですから」 誰がヤキモチ焼きだ、コノヤロウ。どさくさに紛れて名前呼び捨てしやがって。 声もなんかニヤついてるし! 「ですから、今回私は何もしていませんよ」 「ああ、カラスね」 「一条君、これで話はお終いだ。さっさと病院にでも行ってき給え」 探偵は、言うなり背を向け息を深く吐き出した。 「少し喋りすぎたようだ。休ませて頂く」 救急隊員たちが声をかけると、詩子ちゃんは僕の首からそろそろと手を外した。 ホッと息を吐く音が聞こえた。

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