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55.最後の願いを1

慎重に担架に乗せられた。 「付き添いの方は…」 「待って…ください…」 救急隊員に声を掛けると、彼らは僕の顔を一瞬見て、それでもすぐに進もうと前を向く。 だから、届くように、精一杯声を張った。 「春子さん───!!」 「…風吹…様……?」 春子さんが、消えそうな声で答えた。 地に足が着いていないような、魂が抜け掛けているような、か細い声で。 そんなにも弱っている人に、僕は今から酷いことを言う。 もう、嫌われてしまうかもしれない。 嫌われても仕方ない。 でも、彼女が救われないと、春子さんはまた新たな闇に飲み込まれてしまう。 高虎がいる。春子さんには高虎がついているから大丈夫。 ……ううん。春子さんならきっと分かってくれるって、そう信じて。 ───僕は残酷な言葉を口にする。 「菅原さんは、 許せようのない、殺人犯だけど、悪い人じゃ、ないんだと…思いますっ」 聞こえますか? 「哀しくて、淋しくて、心が壊れそうで、きっと、とても辛くて…憎しみを向ける、場所が、見つかってしまった…から…」 僕の聞き取りづらい声は、言葉は、貴女に届いていますか? 「春子さんに…手を掛けられなかったのは、貴女が優しい人だから、淋しさを知っている…っ、人だったから…だからっ」 「………はい…っ!由実さんは、とても優しい人でした!家族が他人のようだった私を、由実さんは妹のように可愛がってくれました!」 春子さんも、彼女の出せる精一杯の声で答えてくれる。 ごめん、ごめんなさい……。 こんなこと、僕に言う権利なんてない。 それどころか、身代わりに傷を負った僕が言うのは、とても卑怯なことなんだ。 だけど、目の前にいる人たちさえ救えないなんて、春子さんの心を見殺しにするなんて、そんな無責任で無力な自分は嫌なんだ! 「春子さん…。……彼女の、最後の願いを、叶えてあげて…!」 春子さんは一瞬息を飲んで、そして、 ───大きく頷いてくれた。 「中川、父の行いを世間に公表します。用意なさい」 「はい、春子様」 高虎が一度こちらを気にしてから、部屋を出ていく。

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