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57.最後の願いを3
「いいですか?出しますよ」
担架が再び動き出した。
「はい。もう、大丈夫です」
もうここで、僕がやり残したことはない。
春子さんが怪我しなくて良かったな。
春子さんが、死なずに済んで良かった。
僕の言葉が少しでも、彼女たちの闇を晴らすことができればいいのだけれど。
救急車の中へ入る。
「ごめんなさい、待って…もらって…」
「いいえ。ですが、貴方の生死に関わってくるんですよ」
「生死……死にますか?僕」
「死にませんよ。止血の技術がプロ並みでした。お陰で出血量も少なくて済んでいます。元々の傷が浅かったのかもしれませんが」
「そ…ですか…。よかったぁ…」
ホッとして笑ってしまうと、救急隊員さんが思わずと言った風に笑みをこぼした。
そしてすぐに声を潜め、
「あ、自分が笑ったこと、他で言わないで下さいね。仕事中に不謹慎だと叱られてしまいますので」
そんなことを言うから、また僕は笑ってしまう。
「…っ……!!」
首の傷が引きつった。
今頃痛みが襲ってきた。
まずいな……、今ので意識が遠ざかってきたぞ…。
あいつ、キレてたけど、平気かな……。僕がついててやらないと。
あいつは、僕の弟分なんだから、ちゃんと面倒、見てやらないと……。
「それにしても遅いな。同乗の方は…」
「失礼。私がついて行く」
「では、こちらへどうぞ。直ぐに発車しますので」
よかった、探偵だ。
「詩子に、傍にいたいならついていろとせっつかれた。あのお節介め」
「一緒に、いたいんだろ…、この甘ったれが…」
「本当に君は口が悪い。私に逆らえず怯えていた、可愛かった君は何処に行ってしまったのだ」
そんなの、昔の僕を呼び覚ましたお前が悪い。
「一条君、もし同乗者に更科春子を望むのなら……」
お前も、新しいキャラが出てきちゃってるし。
弱々しいお前は気持ち悪くて、ちょっとだけ…構いたくなるんだよ。
「ばか。ついて、来いよ、…雪光…………」
手を伸ばす。
桜の花びらが舞い込んで、掌をかすめて、頬に乗った。
風に吹かれて空気に舞って、やがて落ちては消えてゆく。
桜が散る。
桜が………
「っ……一条君っ!───風吹!!」
「大丈夫ですから、落ち着いて下さい」
あぁ……探偵が取り乱してる…。大丈夫だって、言われてるだろ……。
僕なら、平気だから…………
僕の記憶にあるのは、ここまでだった。
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