58 / 211

57.最後の願いを3

「いいですか?出しますよ」 担架が再び動き出した。 「はい。もう、大丈夫です」 もうここで、僕がやり残したことはない。 春子さんが怪我しなくて良かったな。 春子さんが、死なずに済んで良かった。 僕の言葉が少しでも、彼女たちの闇を晴らすことができればいいのだけれど。 救急車の中へ入る。 「ごめんなさい、待って…もらって…」 「いいえ。ですが、貴方の生死に関わってくるんですよ」 「生死……死にますか?僕」 「死にませんよ。止血の技術がプロ並みでした。お陰で出血量も少なくて済んでいます。元々の傷が浅かったのかもしれませんが」 「そ…ですか…。よかったぁ…」 ホッとして笑ってしまうと、救急隊員さんが思わずと言った風に笑みをこぼした。 そしてすぐに声を潜め、 「あ、自分が笑ったこと、他で言わないで下さいね。仕事中に不謹慎だと叱られてしまいますので」 そんなことを言うから、また僕は笑ってしまう。 「…っ……!!」 首の傷が引きつった。 今頃痛みが襲ってきた。 まずいな……、今ので意識が遠ざかってきたぞ…。 あいつ、キレてたけど、平気かな……。僕がついててやらないと。 あいつは、僕の弟分なんだから、ちゃんと面倒、見てやらないと……。 「それにしても遅いな。同乗の方は…」 「失礼。私がついて行く」 「では、こちらへどうぞ。直ぐに発車しますので」 よかった、探偵だ。 「詩子に、傍にいたいならついていろとせっつかれた。あのお節介め」 「一緒に、いたいんだろ…、この甘ったれが…」 「本当に君は口が悪い。私に逆らえず怯えていた、可愛かった君は何処に行ってしまったのだ」 そんなの、昔の僕を呼び覚ましたお前が悪い。 「一条君、もし同乗者に更科春子を望むのなら……」 お前も、新しいキャラが出てきちゃってるし。 弱々しいお前は気持ち悪くて、ちょっとだけ…構いたくなるんだよ。 「ばか。ついて、来いよ、…雪光…………」 手を伸ばす。 桜の花びらが舞い込んで、掌をかすめて、頬に乗った。 風に吹かれて空気に舞って、やがて落ちては消えてゆく。 桜が散る。 桜が……… 「っ……一条君っ!───風吹!!」 「大丈夫ですから、落ち着いて下さい」 あぁ……探偵が取り乱してる…。大丈夫だって、言われてるだろ……。 僕なら、平気だから………… 僕の記憶にあるのは、ここまでだった。

ともだちにシェアしよう!