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59.事件のあとに2
「なんだ一条君、その顔は」
探偵が顔を覗き込み、鼻をつまんでくる。
答えられない。
答えたら、口を開いたら、涙が零れてしまいそうだ。
「君は馬鹿なのだから、頭で考えてもロクな事がない。考えずに訊けばいいのだ」
酷い言われ様だな……。
「風吹様、誤解なされないで下さいませね。春子お姉様は、ちっとも後悔などなさってらっしゃらないのですわ」
詩子ちゃんは、手を握って訴えてくる。
「寧ろ、更科家から解放されて清々しいくらいだと仰っていました。私も、あんなに晴れ晴れとしたお姉様を見るのは初めてですの。これも総て風吹様のお陰ですわ」
「でも、これから春子さんはどうやって暮らしていけば……、高虎のお給料だって!」
「そうでしたわね…。風吹様はご存知ありませんものね」
詩子ちゃんは少し可笑しそうに口元を緩めた。
そして、春子さんの保有している株式の数々を口に上げた。
それは総て、僕でも名前を知っているような大手の企業。
その配当金と銀行の利息だけで、春子さんは今まで通りの生活を送れるだけの収入を得られるらしい。
「春子お姉様が会見を行ったことで、今までのボランティア活動に加え更に世間からの評価が上がっているようです。風吹様、様々ですわ」
「よかった……」
安堵した。彼女が、彼女のままでいられる。
よかった。
「けど、僕は大したことしてないよ。解決したのは探偵だし、僕はヘマしてちょっと怪我しちゃっただけ」
「いいえ。風吹様は、春子お姉様にとって、とても大きな存在ですもの」
「それは高虎だろう?2人はとってもお似合いだし」
「まあ!それは勘違いですわ。確かに中川さんの存在は大きくはありますが、春子お姉様はもっと可愛くてオレ様受け様的殿方がお好みですもの」
え……?可愛いナニサマ殿方…だって??
「ちなみにお姉様は葵様攻めが一推しですの。私は中川さん推しですわ」
「そっか、葵君……」
確かに葵君は可愛いもんな。
葵君なら春子さんと歳も同じだし、並び立てば美男美女と評されるだろう。
すごくお似合いの2人だ。
「所詮執事など他人の物。自分が一番だと言われても、最優先されるは彼のお嬢様。
昨夜は好きだと頬に触れた手が、朝になればお嬢様の足にかしずいて靴を履かせるのです。
決して自分の物にはならないと、思い知れば思い知るほど募る恋慕。
ああ、なんと切なくも愛しい貴方」
詩子ちゃんはミュージカルの舞台よろしく立ち上がり、胸に手を当てる。
彼女たちのサークルって、もしかしたら演劇サークルなんだろうか。
それならボランティアでも喜ばれるだろうし、春子さん、詩子ちゃんは勿論、千春さんも綺麗な人だったし、煌めくライトの下、さぞ舞台映えすることだろう。
「ですので、風吹様。中川さんをよろしくお願い致しますわ」
「え?…あ、うん」
言われた意味が伝わらないままに返事をすると、詩子ちゃんはソファーに腰を下ろし、満足げに微笑んだ。
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