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第一章──最終話 1──

青山詩子は、その日朝から浮かれていた。 短大の漫研サークルでレジェンドと呼ばれる卒業生、更科春子から、「美人警視×可愛いオレ様受け様の新作をお持ちします」と連絡を受けたからだった。 詩子の本命は『執事×癒し系時々強気受け様』である。 しかし、対抗としては『警視×姫受け様』もアリだと考えていた。 『王子警視』いや『騎士警視』…どちらの役回りも彼にはピッタリくる。 風吹様相手でなければ受けでも可! 春子が言うには、「中川に風吹様は勿体ない」らしい。 しかし詩子にとっては、同い年の2人が親友関係から、恋人に発展し、そして─── 詳しく語れば、受け様の天然フェロモンにより理性の効かなくなった執事の執事らしからぬ行動、そして親友だと思っていた相手から想いを伝えられた受け様の葛藤。 思いが通じ合ってからも、最優先されるはお嬢様であり、自分ではない。 何があっても今すぐに逢いたいとは言い出せず、夜毎涙で枕を濡らす日々。 その切なさ加減がどうにも腐女子心を擽るのだ。 共に春子を待つ千春は、『鬼畜探偵×健気受け様』に清き一票を投じていた。 健気受け───それも彼にはアリな役柄だろう。しかし、如何にせん相手が悪すぎる。 相手がアレでは余りに風吹様が可哀想ですわ。 風吹様は確かに健気で可憐で可愛らしくていらっしゃいます。 けれど対するあの男は……我が儘放題生きやがって、苦労させられる方の身にもなってみやがれ!つーか代われ!こっちが我が儘放題生きてやるから、テメェが苦労しやがれってんだ! まあ、こちらの受け様は最強ですので、新たな攻めが現れればそこに対しても受け、詰まる所『総受け』と言うことになるのですけれども。 次はどんなタイプの攻めが良いかしら。 年下攻め、タメ攻めは制覇しているから、年上の眼鏡攻め……いいえ、俺様攻めなんてどうかしら。 ああっ、風吹様を遠目に拝みながら、春子お姉様と千春お姉様と周囲を気にせず語り合いたい…っ! それにはやっぱりあの兄貴が邪魔なんだよ! 仕事しねーんなら帰れっつーの、クソ兄貴。 そんなことを悶々と考えていると、目の前にコトンとティーカップが置かれた。 その隣に、シュガーポットとミルクピッチャーが並べられ、顔を上げると瞳に輝く笑顔が飛び込んでくる。 「どうぞ」 「あっ、ありがとう御座います、風吹様!」 目の前に座る千春も、感激した様子で礼を述べる。 「ううん、それより詩子ちゃん」 風吹が右手の人差し指を立て、詩子の眉間をツーッとなぞった。 吃驚して顔を上げた詩子に、少し頬を赤く染めてニッと笑ってみせる。 「せっかく可愛いんだから、そんな顔しないで笑ってごらん。笑顔でいると、もっと可愛いよ」 「……はっ、はいっ!!」 詩子は弾かれたように、裏返った声を上げた。そして恥ずかしそうにテーブルに倒れ込む。 かわいい~っ!何を仰います可愛いのは貴方様の方ですわ~。きゃーっ!! 足をバタつかせる向かいの席で、千春は正面からそれを拝めなかったことに無念さを感じていた。 「一条君、何をしているのだ、うちの馬鹿妹に」 探偵が呆れたように声を掛けた。 「ばかじゃないだろ。意地悪言わないの」 風吹は探偵用のカップをデスクに置くと、腰に手を当て頬をプクリと膨らませた。 か……可愛すぎます風吹様…!! あれが計算でなく素なのだから堪らない、と詩子と千春は囁き合う。

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