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第一章──最終話 2──
コンコン───
入口のドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
風吹が振り返り、ドアへ向かう。
探偵が怪訝そうに眉を顰める。
詩子たちは春子が来たものと、ソファーから腰を浮かせた。
ガチャリと開いた扉。
きゃぁっ、と声を上げたのは、詩子だった。
「こんにちは」
ドアの向こうで風吹に笑顔を向けていたのは、
「いらっしゃい。高虎っ」
待ち人のお姉様ではなく、その執事だった。
「風吹、お土産」
執事が紙袋を掲げると、風吹は「わーい」とその腰に抱きつく。
「きゃあ~っ」
詩子は千春と共に、二度目の悲鳴を上げた。
それに気付いた中川が、彼女たちの姿を確認し、頭を下げる。
「お嬢様方もお出ででしたか」
そして何かを悟ったように、小さく溜め息を吐き出した。
「中川さんにお会いできて嬉しいですわ」
詩子が声を弾ませる。
「詩子お嬢様にそのように仰って頂き、私も光栄で御座います」
「私は中川さん推しですのよっ。特に兄様などには負けないよう、頑張ってくださいましね」
「それは……有り難う御座います」
「まあ!詩子さんずるいですよ。私は探偵様推しですのに」
「そうなんですの。千春お姉様は何故か不出来の兄を推されますの。ちなみに春子お姉様は、葵様なんですのよ。中川さん、知っていらして?」
「…左様で御座いますか……」
更にすべてを悟り、中川は曖昧に微笑み、隠れたところで大きく息を吐き出した。
自らが仕えるお嬢様の嗜好は熟知させられているが、だからと言って理解し得るものでもない。
確かに風吹は好きだし、可愛いとも思うが……
「………」
「ん?どしたの、高虎?」
この、下方から来る上目遣いが悪いのだろうか。
中川は風吹の頭を優しく撫でると、その手で自分の額を押さえ込んだ。
───小動物にしか見えない。
お嬢様方は、それを見てもまたきゃあきゃあと楽しそうに囁き合っている。
「今日は休みを頂いたから風吹に会いに来たんだけど…」
日が悪かったろうか。
「ほんと?嬉しいなぁ」
その笑顔を見ていると、タイミングの悪さなどどうでも良いことのように思える。
後で主と鉢合わせ、一方的に責められることが確定しているとしても。
「どうする?筋トレ、する?」
「あっ!するする、教えて!じゃあ少し休んだら上行こ。高虎、何飲む?」
「冷たい物がいいかな。手伝うよ」
「ありがとう。じゃあ、アイスティーとアイスコーヒーと…あ!カルピスもあるよ」
2人が給湯室へ姿を消すと、千春はハラハラした様子で探偵を振り返る。
「お兄様、頑張って」
両手を胸の前で握りしめて、小声でエールを送った。
探偵からしたら、余計なお世話である。
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