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第一章──最終話 4──

「ところで名波君」 声を掛けたのは、1人窓辺のマネージメントチェアに腰を据えていた探偵だった。 「ああ、失礼。そんな所にいらしたんですか」 顔だけで振り返り、その声以上に不機嫌な顔を見つける。 確かに彼が言っていた通り、兇悪と言う言葉がぴったりと当てはまる表情だ、と少し可笑しくなる。 「当然だ。居て然るべきだと思うがね。私の事務所を待合所だか喫茶店だかと勘違いでもしているのか、君達は」 君達は、という物言いに警視は顔を少し曇らせた。 恐らくその台詞は、自分と、詩子たちではない誰かに向けられたものだ。 だとすればその相手とは、その職業に似合わず無駄に喧嘩慣れしていそうなあの男であると考えて、ほぼ間違いないだろう。 いや、お嬢様のボディガードを兼ねているならその強さも必要なものなのか。 どちらにしろ不愉快な男であることに違いはない。 「では、風吹さんが戻られたらお宅の方へお邪魔することにしますよ」 顔を元へ戻し、素っ気なく返答する。 当初は呉島の知人だからと畏まっていたが、これだけ横柄に振る舞う男が同年齢と知った時、この男に礼儀は必要ないものと判断した。隣人は鏡なのだ。 「あれは私の所有物だ。勝手に連れ出そうとするのはやめていただこう」 「誰が所有物だよっ!」 給湯室の扉がバンッと開き、その向こうにプックリ膨らんだ頬が見えた。 後ろに詩子と、トレイを持った執事が続く。 執事と警視はお互いの存在を認識すると、嫌悪感を隠すこともせずどちらとも無く目を逸らした。 「大体上の部屋とて、借り主は私だというのに」 「お前が勝手に僕の部屋を貸しちゃったんだろ!」 「家賃収入が倍に増えたのだから、目出度い事じゃないか」 「もーっ!あーいえばこーいう!」 風吹は己をキラキラと輝いた目で見守る女性たちに気付く様子もなく、一つ離れて置いてあった車付きの椅子を引き寄せ自分の席とし、執事と警視にソファーを勧めた。 2人は微妙な笑顔を風吹へ向け、互いに向かい合わずに済むよう斜め向かいの席に座った。 「あ、葵君。お土産ありがとう」 「いえ、先日は風吹さんの手作りおやつを頂き損ねたものですから、今日は頂きたいなと思って」 先ほどとは打って変わって、立ち上がり体ごと風吹に向き直る。 「うん。じゃあ葵君には僕の作ったおやつを出すね。和菓子って好き?練り切りって知ってるかな?作ったんだけど」 「はい、好きです」 「よかった。じゃあおやつは日本茶淹れようね」 「きゃ~っ、葵様が風吹様に、好きです、ですってお姉様っ」 「いけませんわ詩子さん、殿方に気づかれてしまいますわっ」 「あぁっ、春子お姉様にも見せて差し上げたかった…」 「あぁ…、満腹ご馳走様です…」 紅潮した頬で斜めに小声を交し合うお嬢様方に、すべてを察した執事は何も聞こえぬよう心に無を落とした。 「千春さんと高虎もお土産くれたから、おやついっぱいあるんだよ」 無邪気に笑う姿に、葵もつられて笑みを零す。 「それに、みんなでいると楽しいね」 同意を示したのは楽しそうな娘たちだけであったが、風吹は気づかず破顔一笑した。

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