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第一章──最終話 完──

桜が散る。 薄い花びらが舞い散る。 コノハチル─── 春子さん。 あの後調べてみたんだけど、イワナガヒメはニニギにひとり返された後、スサノオの子のヤシマジヌミノカミと結婚したんだって。 それが、コノハチルヒメ───彼女はちゃんとしあわせになれたのだと、僕は信じたいんだ。 神社の参道を歩きながら、舞う花びらを掴み取ろうと手を伸ばす。 掌を閉じる空気に押されて、花びらは指をすり抜けて落ちて行った。 「馬鹿だな、君は」 隣を歩く探偵が、小さく笑う。 そして僕の髪に手を伸ばした。 「そんなに欲しがらずとも、もう君の頭に止まっている」 指先につまんだ花びらを、掌に乗せてくれる。 今度こそこの手に握りしめようとして、やめた。 僕が持っていても仕方がないものだ。花びらは風に舞って、もっと自由でいいんだよ。 「おや」 探偵が手を伸ばして、空中で何かを掴み取った。手を開いて見せてくれる。 (がく)ごと落ちてきた桜の花だ。 「君に似合いそうだ」 頭にその手が伸びてくる。 「おい、髪に挿そうとかしてないだろうな」 「折角なのだから良いだろう」 「よかねーよ!女の子にやれよ、そーいうことはっ!」 「なんだ、つまらん」 言うなり桜を投げ捨てる。 咲いている桜を綺麗だと言う人がいれば、散り行く桜が綺麗だと言う人もいる。 桜に興味さえ持たない、こういう男だっている。 だから貴女は、無理に変わろうとしないでいいんだよ。 そのままの、優しい貴女のままでいて。 そのままの貴女を愛してあげて。 桜が散る─── 舞う花びらを、僕はとても美しいと思った。   -第一章 完-

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