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第28話

こんな自分を"好き"だなんて。 頭のネジがどこか2、3本吹っ飛んでやしないだろうか。 「……っ」 思い出すと、ぞわっと得たいの知れない感覚が背中を駆け巡る。 笹本は反射的に名刺を持ったままその腕で、身を守るように胸と腹をぎゅっと押さえた。 耳元であんなに熱っぽく囁かれたのは生まれて初めてだ。 だから身体の回路がどこかショートして、勃起してしまったに決まってる。 他人に触れられるのも、扱かれたのも初めてで。 でも……実はちょっとだけ気持ちよかった。 ─って僕何考えてんの!? 笹本は社内の廊下を、真っ赤になりながらずんずん歩いて行く。 商品開発室に入ると、総務や経理などの管理部門とは全く違った、独特の華やかさがある。 婦人服を手掛ける会社なのだから女性が多いのは勿論のこと、皆が垢抜けていてお洒落だ。 女性社員のみならず、男性社員もまた然り。 彼らはスーツに身を包んでいるのだが、シルエットがまず違う。 自分達の体をいかに美しく見せるかに重きを置いているのだろう。スタイルがとてもよく見える。 何より彼らに脇役感は微塵も感じず、主役級のスポットライトが当たり、キラキラと輝いている。 ライトが当たることもない蚊帳の外である自分とは訳が違う。 笹本は少しダボつく自分のスラックスを思わず見詰めた。 まるで子供がスーツを着ているみたいだ。 「あの、すみません。名刺できあがったの、渡しておいてもらえますか?」 笹本は出入口近くで事務仕事をしていた女性に声を掛け名刺の束を渡し、そそくさとその場を後にした。

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