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第29話

ここ数日は昼休みになると渋澤の目から逃げるように会社から抜け出し、コンビニでパンやおにぎりを買って公園の片隅で食べることが続いていた。 この日もまた昼休みの開始時刻と同時に席を立ち、エレベーターの隅に乗り込んだ。 扉が閉まる直前、更にもう1人「すんませーん」とそこに乗ってきた男がいた。 その声を聞き、笹本は思わず眉値を寄せた。 渋澤だ。 ひょろっとしていて背が高いので嫌でも目につく。 けれど社内の男性陣は渋澤なんかよりも皆お洒落で格好いい。 白シャツにグレーのスラックスを身に付けた渋澤なんかすぐに霞んでしまうのが現実だ。 しかし笹本は渋澤の後ろ姿から目が離せなかった。 どうしてあんなことをしたのか。 どういうつもりであんなことを……。 それに好きだ、付き合ってと言った割りにはその後のアクションが全くないのは何なんだ。 やはりからかわれただけなのか? 渋澤に対する疑念が胸の中に渦を巻き、知らず知らずのうちに渋澤の背中を睨み付ける。 ─チン……とエレベーターが一階に到着し、最後に乗り込んできた渋澤が先頭を切って降りて行った。 笹本は渋澤に見つからないよう、目の前にいた大柄な男の背に隠れるようにしてエレベーターから降りる。 しかしそんな目眩まし、渋澤には通用しない。 「捕まえた~」 横からぬっと出てきた手にぎゅっと腕を捕まれて笹本はびくっと体を揺らして足を止めた。 「なに」 「笹本さん俺のこと避けすぎ」 「避けられることをしたお前が悪い」 「流石にここで話す内容じゃないので場所変えて一緒に昼飯食いません?」 「僕は話すことなんて……」

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