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第43話
この先この店に1人で訪れることは決してと言っていいほどないだろうし、何より自分ではなく渋澤が入りたいと言っているのだから入ってやってもいいんじゃないだろうかと、そんな思いが湧いてきて。
笹本が「いいよ」と返事をすると渋澤が「おっしゃ」と言って腹の脇で小さくガッツポーズする。
「そんなに入ってみたかったのか?」
「えぇまぁ。でも来るなら好きな人とって思ってましたから」
「え?……お前これデートだと思ってない?」
「あぁ……ここは笹本さんは俺の好きな友達だからってことで」
「……」
「深く考えずにさぁ入りましょう~」
忘れかけていたもやもやがまた胸を覆った。
しかしそのもやの正体を確かめる間を与えない勢いで渋澤は行動に出る。
ぐいっと不意に手を取られ、その手をぎゅっと握ったまま渋澤は何の躊躇いもなく店のドアを開けた。
笹本は初めての光景に目を見張った。
照明を最大限絞った中、所々に設置された暖色系オレンジのフロアランプと、造花と思われるヤシの木やハイビスカス。「いらっしゃいませ」という女性店員の落ち着いた声。
カウンターには所狭しとパイナップルやメロン、オレンジ、ココナッツやマンゴー、ドラゴンフルーツなどあまり目にすることのない南国のトロピカルな果物が沢山置かれていた。
ハワイアンなムード満点。ここは間違いなくデートで訪れる場所だろう。
笹本は若干の居たたまれなさを感じたが、開店時刻とほぼ同時くらいに入店したのでまだ店内はがらがらだ。
人目を気にすることもなければ、人が居たところでいつもと変わらず誰の目にもきっと留まらない。
「どこ座ります?やっぱり端っこ?」
渋澤はそう言って奥にある角の席を指さした。
「……なんで端っこって決めつけるんだよ」
「笹本さんいつも端っこに座るじゃん。俺も端っこ好きですけどね」
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