66 / 206
第66話
─だめ、だめだ。もう騙されないって決めただろ。
「ちょっとだけ抱きしめてもいいですか」
「は!?やだよ!」
ほら見ろ、こいつはこういう奴だぞと、笹本の中の冷静な部分が囁く。
確かに謝罪の流れで抱きしめてもいいですかなんて、そんな台詞が出てくるなんて頭のネジが何本か抜けてしまってるんじゃないかと思う。
でも……。
「やっぱり……ダメですよね……」
あまりにしょんぼりした渋澤が可哀想に思えてしまうのも事実で。
渋澤にされた悪行の数々を思えば、そんな表情一つに絆されるわけにはいかないのだけれど。
「……ちょっとだけだぞ」
この直後、何で受け入れてしまったのだろうと後悔するとも知らず、笹本は両手を渋澤に向けて広げて見せると渋澤は豹変した。
にかーっと悪人の笑みを浮かべ「あざーっす!!」と言って笹本をぎゅうっと抱きしめる。
「あー、笹本さんやっぱいい。ちっちゃいし、いい匂い~っ」
渋澤が笹本の頭上で何をしているのか想像したくもないけれど、くんくんと頭の匂いを嗅いでいるのがわかった。
渋澤の手は笹本の背中を撫でさすり、次第にその手が下に降りていく。
まさか社内のトイレで変な気を起こすことはないだろうと高を括っていたが渋澤の手に危機感を覚え体を捩る。
「おい渋澤!もういいだろ、おしまい!やめろって」
「離してほしいですか?だったら今夜一杯付き合ってください」
渋澤の腕に力が籠められ抱擁が余計にきつくなる。
「渋澤っ離せっ、この卑怯者っ!」
「おでんの美味い店見つけたんで付き合ってくださいよ。ていうか俺は別にこのまま抱き合ってるところを誰に見られようが構わないんですけどぉ」
「僕は困るっ!」
笹本はしばらく体をくねくねとさせて渋澤の腕から抜け出ようと試みていたが、力の差が歴然としていて抜けられそうにない。
それにトイレでこんなことをしていればいずれ誰かに見られてしまう。
ともだちにシェアしよう!