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第68話
「小泉が相手だとそんな顔するんですね」
渋澤の表情が可笑しくてマスク下で笑っていた笹本だったが、その顔が更に人殺しでもしそうな形相に変化して、それには笹本の笑顔も凍りつく。
もしかしておでんを食べて一杯飲んでその流れでまたやらしいことでもしようと企んでいるのでは?と疑わざるを得ない危険な顔にも見える。
笹本はどうしてか抗えず、渋澤の思い通りになってしまった恥ずかしい自分を思い出していた。
─2人きりで行動するのは極力避けたい。だったらもう1人。……ここにいるじゃないか。そうだ。小泉には悪いが渋澤の抑止力として同行してもらおう。
小泉には申し訳ないが渋澤との間で緩衝材として使わせてもらおう。
我ながら稀にみるナイスアイディアだ。
笹本が自身の危機管理に頭をフル稼働させている間に、個室から出た小泉が手を洗いながらちらちらとこちらを伺い見ていた。
小泉のそわそわとした様子が笹本達の仲間に入れて欲しいと物語っているのがわかる。
最近の小泉は笹本によく懐き、例えるならば従順な大型犬のよう。
後輩に懐かれることに悪い気はしないし笹本個人としても小泉とプライベートで過ごすことに興味があった。
渋澤相手の時とは違う胸のざわつき。
笹本はそわそわと落ち着かない気持ちになる。
「小泉は今日定時で上がれそうなの?」
「はいっ。金曜は残業にならないように気合いれて仕事してるんですよ、これでも」
「そうなんだ。1年目でも上手くやってるんだな」
「……ご立派なことで」
「渋澤、そんな言い方ないだろ」
渋澤が小泉に突っかかる。なんと子供っぽいことをする男だろう。
「じゃあ定時で上がったら3人で渋澤の言うおでんの店行こう。いいよな渋澤」
「……」
渋澤の無言を肯定ととったのか小泉は渋澤に向かってぺこりと軽く頭を下げた。
「嬉しいです。俺仕事頑張ろう」
喜ぶ小泉を横目に渋澤が舌打ちし、乱暴な音を立てながら個室の中へと消えて行った。
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