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いつの間にか渦中の人
脇役による脇役たる人生、誰から注目されることもなくこのまま静かに細い脇役道を進んでいくものだと思っていた。
渦中の人になりたいと願ったことは一度もない。
しかしどうしてこんなことになってしまったのか、笹本は例の男同士で入れるラブホテルの一室にいた。
ただのモブが何故こんな目に合わなくてはならないのか。
笹本は今、両腕を左右から渋澤と小泉にがっちり組まれ、ダブルベッドの上で正座している。
「じゃあ笹本さんが男と女、どっちを見ているのかを俺たちがジャッジしたいと思いまーす」
「笹本さんすみません。俺はあまり気乗りしないんですけど、でもどっちなのかはっきりさせておきたいので」
「ぼっ、僕はそんなもの見ないからなっ!」
「はいはい」
渋澤が超適当な返事とともに手元のリモコンを操作する。ピッと小さな操作音がして目の前のスクリーンいっぱいに男女が全裸で絡み合う映像が広がり、女の甲高い喘ぎ声が部屋に響き渡る。
両腕を会社の後輩に拘束されてエロビデオを無理矢理見せられるという謎のプレイ。
まさにこのカオスな状態になったのには訳があった。
今から遡ること一時間前、おでん屋での出来事である。
「そこに俺の入る余地はありますか?」
「え?」
笹本の思考が暫し停止し、小泉が渋澤と同類なのかと疑ったのは生ビールがテーブルに置かれた後だった。
「取り敢えず飲みましょうか。はい、お疲れっす」
「お疲れ様です」
「……」
こんな話しの流れを誰が想像できただろうか。
飲まなきゃやってられない事案の発生だった。
─落ち着け。落ち着け。落ち着け自分!
笹本がジョッキをぐっと呷ると中身が一気に半分減った。
「いい飲みっぷりですねぇ」
この状況に身を置くなんてとても素面じゃ無理な話しだった。
一息置いて残りのビールをぐっと呷る。すっかり空になったジョッキを持ち上げ、すぐさま同じものを頼む。
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