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第76話

「疑問なんですが、どうしてお二人は付き合ってもいないのにキスをしていたんですか?」 小泉の目線がちらちらと笹本の胸元を行ったり来たり。 笹本はその目線の種類を知っていた。 見たくもないのに嫌ってほど渋澤に見せられてきたものだったから。 小泉のいやらしい表情を見て、笹本の心拍数が更に増す。 「どうしてって……。俺、笹本さんから個室に連れ込まれて間近で説教されたんだけど、この人男も絶対いける口だろって思って。そう思ったらキスしちゃってたんだよなぁ。試してみたかったのかも」 「あんなのいつもと同じただの悪ふざけだろ。キスしたって別に何も感じなかったしむしろ気持ち悪かったよ!」 「え~。気持ち悪いとかそんなはっきり言っちゃうんですかぁ。渋澤ちょっとショックー。あの時はあんあんって可愛く喘いでたのになぁ」 「ばっ、ばか!誤解を招く言い方をするなよ!」 渋澤の危険度を見誤っていた、小泉と同席させていい相手じゃなかった、と一気に後悔が押し寄せて、笹本は小泉に向かって「違うから」と小さく弁解した。 これ以上騒ぎ立てたくないし、小泉に渋澤との仲を誤解されても困る。 「本当に男はダメですか?その……渋澤さんとしたこと、俺とも試してみますか?笹本さん」 「は。抜け駆けする気かよ小泉」 「別に抜け駆けするだなんて言ってないですよ。ただ確認の為に、一応そういうことを俺ともしてみることで確証を得ることだってあるだろうしと思って」 「はーい、意義あり~。小泉の提案は抜け駆けしないと言ったことと矛盾していまーす」 渋澤の悪人顔がやくざみたいに凶悪度を増し小泉を牽制する。けれど小泉は全く臆する様子もなく至って冷静だ。 モブのオーラなんて極悪だろうが所詮はそんなものだと鼻先で笑っているようにも見えた。 「笹本さんは俺と試すのは嫌ですか?」 「……」 そんな質問、答えられる筈がない。

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