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第81話
「ちょっ、急にそんな声立てなくても!周囲に聞こえちゃうだろ、な」
小泉も酒が入っているからか何時もより口調が荒くなってしまっている。
それにたとえ小泉であろうと渋澤とのことを咎められる覚えはない。
疚しいことはしたけれど、あれは只の性欲処理だ。
「別にいいです。もうこの界隈はそういうスポットなので」
「へっ、……そ、そう」
もう嫌でも何となくわかってしまう。
笹本一行が現在向かっている男同士で入れるラブホ近辺は、その利用客で溢れているということだろう。
だからそれを気にすることはないのだと小泉は言っているのだ。
「それでヤったんですか!?好きでもない渋澤さんと!?」
笹本が周囲を気にしたからか、小泉は若干声のトーンを落としつつも問い詰める口調は厳しい。
「ヤったって……あんなのヤった内に入らない……と思うけど」
ごにょごにょと声が尻窄みになっていく。
渋澤とのアレが何だったのか自分でも理解しきれていない。
ただ、渋澤が自分に寄せている好意には気付いていた。
しかしそれを汲み取った上でそうなったのかというと、決してそうではない。
笹本からすれば全ては事故のようなものだった。
「どうせ渋澤さんに言いくるめられて良いようにされたんでしょうけど」
「あ?無理やりとかじゃねぇぞ」
笹本を間に挟んで渋澤と小泉がばちばちに火花を散らしている。
一体どうしてこんなことになってしまったのか、改めて浮かんでくる疑問に笹本は首を傾げながら顔を赤らめる。
─二人はどうしてそんなに僕をどうこうしたいわけ?僕は男は好きじゃないって言ってるのに。それに僕なんかのどこがいいんだ?
見た目も中身もぱっとしない、凡人の中の凡人、その中でも見向きもされないモブ属性。
そんな自分にどうして。
疑問は尽きないが二人の気持ちが笹本の皮膚を火照らせた。
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