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第110話
浴衣は確か右手がすっと胸に入るように前を合わせるんだっけ?と、うっすらとした知識を思い出しながら前を閉じ、紐を適当に巻いて適当にぎゅっと結んだ。
「どう?似合う?」
笹本がくるんと振り返ると、渋澤も小泉も何とも言えない表情でこっちを見ていた。
「あの……笹本さんて……大分天然ですよね」
「あぁまぁ。ヤバイよな。あれは何かあったとしても本人にも責任があるとしか思えん」
「ん……?浴衣、変?似合ってなかったかな」
笹本が浴衣の袖を軽く広げて首を傾げた。
「いや、めっちゃ可愛いっす。笹本さんの浴衣姿で酒飲めますわ」
「笹本さん浴衣お似合いです。縁日に行く子供みた……っ、じゃなくて、いや、あの、大人の魅力に溢れてます」
「いいよ別にお世辞言わなくても。自分でも子供みたいな容姿だってわかってるし」
小泉が自分以上にテンパっていて、笹本の頬が緩んだ。
先刻よりもこの場の嫌な雰囲気は少し解消されたようだった。
このまま明るい方へ持っていって、そのまま就寝したい。
「じゃあ、飲もう!僕はさっき渋澤からもらったチューハイにしようかな。渋澤は何飲んでんの?ビール?まだ入ってる?入ってるね。小泉は?」
「俺もビールです」
鬱陶しいくらいに明るく振る舞い、笹本が場を仕切って乾杯の音頭をとった。
「はい!じゃあ今日は本当にありがとう!お疲れ様ー!」
笹本が積極的に缶チューハイを2人のビール缶にぶつけに行く。
渋澤と小泉の缶を引き寄せて、2人にも乾杯させた。
気恥ずかしくて本当は乾杯したいのに乾杯できない2人だったら可哀想だ。
─ここに僕がいなければ、2人は乾杯した後、一緒にシャワーを浴びて、セミダブルのベッドで一緒に寝るのかな……。
また余計なことを想像し、暗くなりかけた表情を首を振って一掃した。
今は不必要なことを考える時じゃない。
笹本は想像してしまった2人のことを消し去る為か、早いピッチで缶チューハイを空にした。
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