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第114話
例えるならそう、子供の頃を思い起こさせるような父親の臭いに似ている気がした。
冷静に判断すれば渋澤に抱き締められているこの状況は異常事態だ。
いつもの自分であれば間違いなく渋澤の胸を押し返し、一発ぶん殴っていてもおかしくない。
でも、どうしてか、どういう訳か、こうされたいと望んでいる自分がいた。
このまま柔らかく抱き締められて背中をさすられ、頭を撫でられること数分。
渋澤が「落ち着いた?」と耳元で小さく言うので、笹本は無言で静かに頷いた。
「笹本さん、小泉の探し物ってさっき笹本さんが拾った写真じゃないですか」
「……」
笹本は渋澤の問いに答えられず、渋澤の腕の中、只俯いて下唇をぎゅっと噛む。
「あの写真見てからですよね。笹本さんの様子おかしくなったのって。それに小泉もめっちゃ焦ってたし。それ、俺にも見せてもらえません?」
「っ、そ、それはできない」
笹本はふるふると首を横に振った。
見せられる訳がない。だってあの写真には、渋澤が写っているのだから。
それを見せるということは、笹本が小泉の秘密を漏洩させるということになる。
「何で?小泉戻ってきたらその写真返すんでしょ。そしたら小泉から奪って見るし。小泉が嫌がろうがどっちにしろ俺は見ますよ」
「なんでそんな……」
「なんでって笹本さんが泣くような写真を小泉が持ってるってことは俺にとっちゃ大問題なんですけどね」
渋澤が少し声を荒げた。笹本の隠し事にイライラを募らせているのだろう。
きっと渋澤はどんな手を使ってもあの写真を見るに違いない。そうなってしまったら必死で隠す意味がない。
「わかった。でも小泉には写真を見たこと言わないで。頼む」
笹本が抱き締められながら渋澤を見上げて頼み込むと、渋澤は一瞬悪人とは思えない困り顔になり「いいですよ」と返事した。
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