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第135話

「笹本さんが塩らしいと調子狂うなぁ。来月は決算だから焼肉とか行ってる暇ないんで、近いうちに行きましょう。あ、今日は?」 「……うん、いいよ」 「よっしゃー。じゃあ定時で上がれるよう頑張りまーす」 渋澤がにかっと笑う。 よく考えたら渋澤の所属する経理だけでなく、総務もまた、決算に向けての棚卸業務の手伝いなどで忙しくなる。 8月はあちらこちらの店舗応援で狩り出され直行直帰は例年多々あることだった。 「小泉も誘いましょうか?」 「なんで?」 即座に返答した笹本がはっとして口元を覆い隠した。 これではまるで、渋澤と2人きりで食事がしたいと言っているようなものだ。 笹本がちらりと渋澤に目をやると、渋澤はにやついて笹本を見ている。 「な、何にやにや笑ってんだよ」 「いやぁ。俺の気持ちがやっと笹本さんに届いたのかなぁって」 「違う、違うから。じゃあせっかくだから小泉も誘って3人で行こうか」 「俺は笹本さんと2人で全然オッケーなんすけど……、まぁいいか。じゃあ小泉にも伝えておきます」 「うん。よろしく」 やっぱり頬が熱い。 恋愛経験皆無で今までこういうことがなかっただけに、男女の垣根を飛び越えてまで想いを寄せられることはそんなに悪いことではないと知ってしまった笹本の心は、渋澤から口説かれるたび、どこか喜んでしまっている。 この日、定時で仕事を終えた笹本は、社の外で渋澤と小泉を待っていた。 スマホに届いた渋澤からのメッセージによると、どうやら小泉も一緒に行けるらしい。 小泉も色々と訳アリだが笹本からすれば突き放すことのできない可愛い後輩の一人だ。渋澤のことは可愛いなんて思ったことはないけれど、いつの間にか一緒に居ても苦ではない相手へと変わった。 ─エッチなことさえしなければ……。 そう、エロが絡まなければ性格に多少難ありだが、大目に見て気心の知れた後輩である。 笹本は無意識で、渋澤に掴まれた手首へ頬を寄せた。

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