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第140話
こんなのはおかしいって解ってる。でもそれを教えてくれたのは渋澤だ。
笹本はくるりと踵を返し、元来た道を戻り始めた。
渋澤の家には不本意ながら1度だけ泊まったことがある。
その時、渋澤が会社から徒歩圏内の場所に住んでいることを知った。
となると、もう自宅の方へと戻っているかもしれない。
─小泉は?小泉はどうする?
後先のことが考えられなくなるくらい、衝動的に会いたい、顔が見たいと思ったのは初めてだった。
早歩きで進んでいた脚は、徐々に小走りになる。
まだあまり時間は経っていないのだから、渋澤達はきっとまだその近辺にいるはずだ。
笹本はきょろきょろと辺りを見回しながら焼き肉店の前に戻った。
「……いない、か。……だよな……はは」
食べるものを食べたのだから用のない店に長居する筈もない。
せっかく勇気を振り絞って戻ってきたのに……と、笹本は肩を落としたが、その時背後から名前を呼ばれて振り返る。
「笹本さん!」
「え?渋澤に小泉!」
見れば渋澤と小泉が笹本の背後に立っていた。
2人ともジョギングでもしたかのように、若干息が荒く肩が大きく上下している。
「あの……2人とも大丈夫?」
「それはこっちの台詞ですよ。何なんすか急に走り出すし」
「え?」
意味がわからなかった。渋澤の言い分ではまるで笹本の後を追ってきたかのように聞こえる。
笹本が首を傾げると小泉が口を開いた。
「あのですね、笹本さんが心配だからこっそり後ろからつけてってバスに乗るところまで見守ろうって話になりまして。それで急に笹本さんが方向転換して走るもんだから俺達も走って追いかけてきたわけです」
「意外と足速いんでびっくりしたんですけど」
「僕を追いかけて……?そうだったのか」
自分を心配してついてきてくれていただなんて。
気持ちがどんどん高揚し、膨れ上がる。
「笹本さんなんで戻ってきたんすか」
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