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第169話

笹本は前方の座席に座りほっと息を吐いた。 笹本の胸で抱える帆布のショルダーバッグの下で胸の動悸が少しずつ治まっていくのがわかる。 火照った頬も今はひんやりといつもの温度だ。 この体調の変化に、謎などない。 1人になってやっと落ち着き、自分のことを客観的に考えられる。 もうずっとずっと、誤魔化してきた自分の気持ち。 いい加減に認めてしまえと、笹本の中の自分が囁いた。 ─……僕は、渋澤のことが……好きなんだ。 笹本は俯いた。 渋澤を意識するだけで自分が自分でなくなってしまうこの感覚。 もう認めざるを得ないだろう。 好きでなければ、どんどんと胸を叩くような激しい胸の高鳴りも、顔の火照りも、渋澤から溢れ出るキラキラオーラも、どれもしっくりくる説明がつかない。 「……そっか」 ぽつりと呟くと、身体の力がするすると抜けていった。 座席の上でも強張っていた身体が深く背もたれに沈んでいく。 自分の気持ちを認めるだけで、まるで憑き物が落ちたみたいに、こんなにも心身ともに楽になるとは。 正直驚きだった。 自分の気持ちを認めたからこそ思う。 バカみたいに真直ぐで何一つ気持ちを隠すことのなかった渋澤は、どんな気持ちで自分に告白したのだろうか。 笹本はずっとそれをかわし、誤魔化し続けてきた。 少しばかり申し訳ないことをしたなと思わなくもないが、始めは嫌いだったのだ。自分ばかりを悪戯にからかい、ちょっかいばかりかけてくる渋澤のことが。 いつ、どのタイミングで渋澤を好きになったのかは、わからない。 けれど、この気持ちを渋澤に伝えなくてはいけないのだ。 ─伝えたい。 笹本はどうやって渋澤にこの想いを伝えようか、考えながら帰路についた。

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