169 / 206
第169話
笹本は前方の座席に座りほっと息を吐いた。
笹本の胸で抱える帆布のショルダーバッグの下で胸の動悸が少しずつ治まっていくのがわかる。
火照った頬も今はひんやりといつもの温度だ。
この体調の変化に、謎などない。
1人になってやっと落ち着き、自分のことを客観的に考えられる。
もうずっとずっと、誤魔化してきた自分の気持ち。
いい加減に認めてしまえと、笹本の中の自分が囁いた。
─……僕は、渋澤のことが……好きなんだ。
笹本は俯いた。
渋澤を意識するだけで自分が自分でなくなってしまうこの感覚。
もう認めざるを得ないだろう。
好きでなければ、どんどんと胸を叩くような激しい胸の高鳴りも、顔の火照りも、渋澤から溢れ出るキラキラオーラも、どれもしっくりくる説明がつかない。
「……そっか」
ぽつりと呟くと、身体の力がするすると抜けていった。
座席の上でも強張っていた身体が深く背もたれに沈んでいく。
自分の気持ちを認めるだけで、まるで憑き物が落ちたみたいに、こんなにも心身ともに楽になるとは。
正直驚きだった。
自分の気持ちを認めたからこそ思う。
バカみたいに真直ぐで何一つ気持ちを隠すことのなかった渋澤は、どんな気持ちで自分に告白したのだろうか。
笹本はずっとそれをかわし、誤魔化し続けてきた。
少しばかり申し訳ないことをしたなと思わなくもないが、始めは嫌いだったのだ。自分ばかりを悪戯にからかい、ちょっかいばかりかけてくる渋澤のことが。
いつ、どのタイミングで渋澤を好きになったのかは、わからない。
けれど、この気持ちを渋澤に伝えなくてはいけないのだ。
─伝えたい。
笹本はどうやって渋澤にこの想いを伝えようか、考えながら帰路についた。
ともだちにシェアしよう!