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第171話

これではダメだと、笹本は鏡に映る自分を睨みつける。 こんな一芸すらこなせずに渋澤に告白するなんて、そんなみっともない真似はできない。 少なからず自分は渋澤よりも年上なのだから、ここぞというところはビシッと決めるべきだ。 渋澤は自分の真面目なところが好きなのだと言ってくれた。だったら、もっと完璧に近い演技で自分の努力を渋澤に見せたい。 ─これが、成功したら。 笹本は再びお盆を構える。 ─これが成功したら、僕は、渋澤に告白する……! 他人が聞けば何と馬鹿馬鹿しい告白の表明だろう。 しかし今の笹本には渋澤に告白するきっかけが、これ以外に思い浮かばない。 笹本は大真面目にそう決意した。 そして訪れた社員旅行当日。 幸いにも宿泊地最寄りの駅へは各自交通手段は問わない現地集合だったので、笹本は以前下見旅行へ行った時と同様に渋澤、小泉と東京駅の八重洲口で待ち合わせをし、共に宿泊地へと向かうことにした。 今日の笹本はいつもと違う。 私服は相変わらずイマイチぱっとせず中高生がそのまま大人になったようなカジュアル服ではあるが、笹本の顔にいつも装着されているマスクと眼鏡が取り払われていた。 いつもと違う顔であるにも拘わらず、渋澤も小泉もすぐに笹本の存在に気が付いた。 小泉は尻尾を振るイヌのように笹本に向けて腕をぶんぶん振っている。 「おはようございまーす!笹本さーん!!」 「はよっす。なに笹本さん、イメチェンかよ」 「お……おはよう。……変かな」 笹本が癖のない前髪を摘まんで下へと引っ張り無意識に顔を隠そうとしていた。 「全然変じゃないですよ!すごく可愛らしいです」 「かっ、かわいくなくていいよっ」 そんな感想は求めていない。こんな自分が精神的に前向きになっているのだと捉えてほしい。 「急にどうしたんですか」 渋澤は笹本の童顔を不機嫌そうに眺めている。 「ちょっとした心境の変化があって」 「ふーん。……見せたくねぇな」 「え……どういう意味。もしかしてこの顔面が公害的な意味で……?」

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