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第179話

内心のむかつきを押し殺し、「笹本です」と返事をした。 すると美咲が大きく一歩後退し、「う、うそ」と言ってよろめきながら仰々しく驚いている。 一歩後退した状態で美咲が手を正面に翳し、何かを確認していた。 「口元を隠して眼鏡があれば……確かに笹本だわ……」 「そうですよぉ美咲さん~。笹本君って本当は可愛い顔してるんですよ~」 村上はあまり驚いた様子もなく、美咲のとなりでふんわりと通常運転中だった。 普段はマスクで顔の半分を覆い、眼鏡で目元を隠していた笹本だけに、この日の変化に戸惑うのは仕方ないことかもしれない。 笹本は溜息をぐっとこらえ顔を覆い隠すアイテムがないので、普段はやらない愛想笑いを浮かべてやり過ごす。 「いつもの笹本らしくないけど、病的にいつもマスクしてる笹本よりはマシだわね」 美咲は普段の顔を隠している笹本が気に入らないのか、いつもより少しだけ当たりが柔らかいような気がする。 「それにしてもぉ、手なんか繋いで~。本当に仲良しなのね、あなた達」 「……?」 村上がふんわり言った言葉に笹本は首を傾げた。 ぱっと自分の手を見ると、渋澤が未だ手首を掴んだままだった。 「……っっ!」 思わず振り払おうと手を動かそうとしたが、渋澤ががっちり掴んでいるためびくとも動かない。 そういえば渋澤はひょろガリのくせに馬鹿力だった。 渋澤は全く動じる素振りも見せず、自信に満ちた不敵な笑みさえ浮かべていた。 「いやぁ笹本さん迷子になりそうで。特に今日なんかはいつもと見た目も雰囲気も違うじゃないですか。他の皆さんが気付かないでバスに乗り遅れたりしたら可哀想だなって」 ─え、そういう設定だったの!? 「あ、そうね。確かに渋澤君の言う通りだわ。うちの笹本は鈍臭い上存在感ゼロだから。じゃあ渋澤君、悪いけど旅行中うちの笹本よろしくね」 「はーい」 渋澤が返事をしながら、にかっと悪人面で笑う。 「もう余計な時間食っちゃったわ。村上、景色見たら次は武家カフェ行きましょ!時間ないんだから」 と、美咲は村上を連れて嵐のように去っていった。 彼女達が場所を変えたところで利用客は沢山いる。 こんな公衆の面前で男同士で手を繋ぐ、いや、正確には渋澤から一方的に手首を掴まれているわけだが、これは相当おかしなことじゃないだろうか。

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