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第184話
そわそわと落ち着かない様子でいつもはマスクで覆っている口許に手をやり唇をふにふにと摘まんでいると渋澤がこっちを見ていた。
どうやら笹本の張り詰めた精神状態に気付いたらしい。
「笹本さん大丈夫?」
「……なんか落ち着かなくて」
笹本がそう答えると渋澤が「ふうん」と言いながら腰をあげた。
ゆったりした動作で渋澤が畳にぺたりと座り込む笹本の隣にしゃがみ、笹本の顔を覗き込む。
「っ、なに……」
また何かちょっとしたイタズラを仕掛けるつもりだろうか。
でもそれにしては表情が柔らかい。
悪人みたいな釣り気味の目も眉もきりりと引き締まり、すっと通った鼻梁の下にある薄い唇はやんわりと優しげに弧を描いていた。
顔が近い。
─か、……。
─かっこ、いい……。
なんでこんな渋澤が格好良く見えるのだろう。
笹本の人生史上最大の謎だ。
笹本はいつの間にか渋澤に目を奪われていた。
おもむろに渋澤が笹本の手を取ったことにも気付かずに。
ちゅ。
効果音的な湿った音ではっと我に返る。
「……何してんの」
渋澤は笹本の手を取り、笹本の親指と人差し指に自分の唇を押し付けていた。
「間接キス」
「はっ?……っ!」
渋澤の言葉に笹本は自分の行動を振り返り、ぼんっと顔を真っ赤にした。
そういえばマスクが恋しくて、唇を指で摘まんでいたかもしれない。
「おまっ、何恥ずかしいことしてんだよっ!」
笹本は掴まれた手をぐいっと自分の方へ寄せ、渋澤の手を振り払う。
渋澤の癖にイケメンみたいな仕草しやがって……!と、笹本の中でこれまでにないような気恥ずかしさが膨れ上がった。
「がんばりましょうね、笹本さん。ちゃんとできたら、ご褒美的なもん考えてるんで。成功させますよ?」
「ご褒美?……渋澤が言うと何だか胡散臭いけど……。でもまぁがんばるよ。小泉の顔潰すわけにもいかないし」
「その意気その意気~」
渋澤が悪人面でにかっと笑う。
それを見て、笹本の胸がきゅうっと絞られるように疼いた。
「……あのぅ、俺がいること忘れないでくださいね……」
「二人でいちゃいちゃと……」と小泉がぶつぶつ言いながら座卓にあった湯飲みに3人分の茶を淹れる。
宴会まであと1時間だ。
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