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第186話
笹本も周囲の者達と傾けたグラスをぶつけ合い、高まる緊張感を飲み込むようにグラスの中のビールを一気に喉の奥へ流し込む。
それを見ていた渋澤が笹本のグラスに瓶ビールを注ぎ足す。
「大丈夫?あんま飲み過ぎないでくださいよ」
「うん。でも少し酔わなきゃやってられない」
「確かにそうっすよね~。まぁでもあまり固くならないで気楽にいきましょ」
渋澤が悪人顔を緩めてにかっと笑う。
「っ……」
その笑顔に笹本の胸の奥がきゅうっと絞られるように反応し、自分が何に対して緊張しているのかわからなくなってしまった。
懇親会を目的とした宴会は、乾杯から始まり食事の時間へと移り変わる。
テーブルの上には秋御膳と表書きされたお品書きと共に、秋の味覚満載の料理がところ狭しと並べられている。
飲んでばかりいてはお盆芸を披露する前に酔い潰れてしまい兼ねない。
だからと言ってシラフのままでやり通せるとは思えなかった。
─飲むなら何か食べなきゃ……。
笹本はお通しと思われる長ネギが酢味噌で和えられたぬたに箸をつけた。
酢味噌からはゆずの香りがした。
きっと美味しいのだろう。
けれど味わっている余裕がない。
最早何を食べているのかわからない状態だった。
そんな笹本などお構い無しに時間は刻々と過ぎていく。
もそもそと秋の味覚をただひたすらに噛み砕いていると、「えー、お食事の途中ではございますが」と、人事部長が声を張る。
─きた……!!
笹本は思わず咀嚼中だった里芋をごくんと飲み込むが、大きなまま飲み込んだのか里芋が胸につかえ、軽く握った拳で胸をどんどんと叩きながらそれを押し込むようにビールを更に喉奥へと流し込む。
人事部長が各部署の代表が一芸を疲労してくれるとか何とか言っているがそれところではない。
「ちょ、大丈夫すか、笹本さん」
笹本の異変に気付いた渋澤が笹本の背中を優しくさする。
「笹本さんこれを」
小泉も心配そうに笹本に視線を向けて、ビールではなく水を差し出した。
笹本は受け取った水をごくりと飲んで、やっと食道を下りていった里芋にほっとして目を赤く潤ませながら息を吐いた。
「では始めに女性らしいカジュアルを追求し、自由をコンセプトとしたライクフェミニンから店舗スタッフである高橋さんと、来月ご結婚される原田さん、お願いします!」
この座敷は舞台つきの宴会場だ。
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