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第187話
殺風景で小さな舞台ではあるが、今日のような宴会にはお誂え向きである。
そこへあと数分後、いや十数分後には自分が立っているのかと想像するだけで、笹本は気絶しそうだと思った。
人事部長から紹介を受けた女性2人が周りに囃し立てられながら中頃のテーブルから立ち上がり、舞台へと向かっていく。
彼女たちは別の宿へ宿泊するのだろう。浴衣ではなく、自ブランドの流行の服で舞台へと上がって行った。
彼女たちは一芸披露する前に、自ブランドの魅力を簡潔に語り、この場にいる全従業員に対して8割引が適用される社割りを利用して商品を購入してほしいとアピールした。
「ちゃっかりしてんなー」
「女性はしっかりした方多いですよね」
「……うん」
すごい度胸と肝の座り様。
男の自分がビビるなんて……と、笹本の心中は複雑だ。
そして男性ユニットの流行曲を綺麗にハモりながら歌い上げ、拍手喝采の大盛り上がりで余興はスタートした。
そこからは次々と指名を受けた者が舞台へ上がり、歌やダンスを披露する。
コインでマジックを披露した男性社員もいたが、舞台から一番離れた席から「見えない」とヤジを飛ばされていた。しかしそれもまた笑いの種となり大いに盛り上がった。
「えー、では次に私の所属する人事部、そして経理と総務部から、期待の新人小泉君と、渋澤君、笹本君がとっておきの芸を披露します。彼らの肉体美にもご注目ください」
─え、肉体美って、僕の体はそんなんじゃないし……!
そんな紹介の仕方は自分には酷だと笹本が内心狼狽える。
しかしすぐに小泉と渋澤が立ち上がったので、戸惑いながら笹本もまた立ち上がった。
小泉が立ち上がっただけで、室内の女性達が黄色い声を上げ沸き立つ。
小泉はそれに応えるように頭に手をやり照れる素振りを見せている。
その傍らで笹本は手にじっとりとした変な汗をかき、それを隠すようにぐっと手を握り締めた。
「リラックス、リラックス。みんなが見てるのは小泉っすから」
「……っ」
渋澤の声と共に、背中を柔くポンと押された。
顔を向けるといつもの渋澤の悪そうな笑顔とぶつかって、なぜか強張っていた体の力がふっと抜けるのがわかった。
小泉を先頭に、渋澤、笹本と続いて宿の浴衣を着たまま舞台へと向かう。
舞台の上で浴衣を脱ぎ捨てる算段だ。
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