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第189話
今日という日を待っていた。
これから行う裸芸は笹本にとって、ただの宴会芸ではない。
渋澤との未来がかかったターニングポイントともなりうる自分史上最大の歴史的一ページ。
大袈裟かもしれないがそれほど重要な瞬間が訪れたということだ。
笹本も負けじと腹の底から声を発した。
「はぁっ!」
まずは正面を向いたまま直立不動でお盆を返し、無事成功させてからふうっと息を吐き出した。
ここからが本番だ。
実は二人には内緒でこっそり練習してきた技があった。
二人には自己最速のスピードで連続返しすることを予定として伝えてあったし、先刻部屋で一緒に練習した時もそれを見せた筈だった。
しかし特別な今日、この時。
好きな人に告白するのであれば、何かスペシャルなことをしなければならないと、笹本は何故か追い立てられていた。
そこで編み出したのが、お盆を一瞬手放すという離れ業である。
これが成功したら、モブのモブである自分でも格上モブの渋澤に少しは近付けるのではないか。そんな気がした。
そして恐らくこれは、渋澤と小泉もぎょっとするサプライズとなるであろう。
予定にないことをしようとしている笹本は心で二人に謝罪した。
─いくぞ!
笹本のお盆を押さえていた片手がゆっくり離れその手が上に掲げられた。
一体何が始まるのかと宴会場が一瞬静まり返る。
笹本は再び「はっ!」と声を出し、片手で持っていたお盆から手を離す。
急かさず上に上げていた手でそれをキャッチする。
この技の難しいところは、いかにお盆の滞空時間を長くするかだ。
しかしコツさえ掴めば連続で行うことが可能。
笹本は感覚を研ぎ澄まし、お盆に神経を一点集中させる。
「はっ!はっ!」と連続でお盆をキャッチアンドリリース。
3回繰り返したところで客席から拍手が湧き上がる。ピューッと指笛を鳴らす者もいた。
笹本は順調に5回連続お盆をキャッチした。
─次で最後にしよう
そう思った瞬間、キャッチした筈のお盆がつるりと指先から抜け落ちた。
ゴトンッ、カラカラ……。
気付けばお盆が舞台の上で円形の縁に沿ってくるくると回りながら踊っていた。
「……っ!!」
やばい!そう思った時にはもう手遅れで、思いもよらないベージュのビキニと上から履いている一分丈にカットしたストッキング姿の笹本に、室内のあちこちから悲鳴と笑い声が聞こえてくる。
─失敗した……!
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