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第191話

その後小泉の個人演技が始まると、笹本と渋澤はお役ごめんとばかりに小泉の引き立て役としてモブ化した。 小泉の演技は圧巻だった。 お盆返しという異色のパフォーマンスも小泉の手にかかればまるでオリンピック種目の一つかと思えてしまうほど高貴な競技に見えてしまう不思議現象が起きていた。 小泉は肉体美を惜し気なく晒しながら普通にお盆を返すだけでなく、階段を下るパントマイムの動作をしながら一歩足を踏み出す度に厳しい角度でお盆を返すという難易度の高い技をも決めてみせたのである。 その後は予定通り、小泉の掛け声で3人揃って同時にお盆を連続で3回返し、フィニッシュを迎えた。 大きな大きな拍手と歓声。 笹本と渋澤のお盆を落とすというハプニングもまた良いスパイスとして作用したのだろう。 懇親会の余興としては大成功と言える。 笹本たちは脱ぎ捨てた浴衣を再び身に付けて舞台を降りた。 本来ならば、無事に終わってほっと胸を撫で下ろしていたことだろう。 しかし笹本はほっとするどころか、演技を失敗してしまったことで心が不安定に揺らいでいる。 宴会が終わってからも心の靄は晴れないままだった。 渋澤に告白するために頑張ってきた。 それがこの様だ。 逆に渋澤に助けられ、どの口で告白などできるのだろう。 「お疲れ様でした!お茶淹れますね」 小泉が明るい声でそう言って、いそいそと茶筒から茶葉を急須に移している。 部屋に戻ってきた笹本達は、宴会で部屋を空けていた最中に仲居さんが敷いてくれた布団に腰を下ろし、笹本は小泉の姿を何となく眺めていた。 「良かったっすよ、笹本さんの片手ずつでお盆持ち替える技。あんなんよく思い付きましたね」 「うん、まぁ……」 歯切れの悪い返事しかできない。 だって成功させたかったのだから。 成功させて、今頃は渋澤に正直な自分の気持ちを告白している筈だった。 それが今は何だ。情けないったらない。 笹本は渋澤の顔をまともに見ることができず、俯いた。 「どーかしました?」 「本当に元気ないですね、笹本さん」 「お茶おいておきますね」と小泉が座卓に湯飲みを並べている。 「あ、まさか、お盆落としたことを気にしているんですか?」 「あれはサイコーにウケてたよな。俺も落としたらどうなんのかなって便乗しちゃったよ」 「あははっ」

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