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至高なる凡庸の幸せ

テレビから流れているのは、ちゅ、ちゅ、と湿った派手なリップ音。 画面の向こう側では、美しい男女が濃厚なキスシーンの真っ最中だった。 これは不倫愛をテーマにしたサスペンス映画で、今流れているシーンは愛し合う者同士が別れる直前、最後のキスを交わしているシーンである。 この後恐らく女は男を殺す、という展開が待っているだろう。 そんなハラハラとした焦燥感溢れるシーンにも関わらず、笹本は目の前の画面を集中して見ることができない。 「僕じゃなくて映画見ないのかよ……」 「笹本さんがキスシーンをどんな顔して見てんのかが気になって。物欲しそうなエロい顔とかしないかなーって思ってるとこです」 「は……?これから殺人事件に発展するかもしれないのにそんな目でこのシーンを見れるわけないだろ」 笹本と渋澤は、渋澤の部屋でベッドサイドを背凭れにして床に座り、サスペンス映画の鑑賞会真っ最中だった。 社内旅行を終え、笹本はやっと夏期休暇の消化に至り、ゆったりとしたいつもの休日がやってくると思っていた。 だがそんな矢先、渋澤からの誘いで渋澤宅へ招かれ、共に休暇を過ごすこととなったのである。 驚くことに丸々一週間、笹本と渋澤の休暇期間は丸かぶりしていた。 どうやら人事に所属する小泉から笹本の夏期休暇期間を聞き出し、合わせたらしい。 ─ま、いいけど。 心が少し浮わつくのは晴れて渋澤が笹本の恋人になったからだった。 これまでずっと、渋澤の一方的な求愛から逃げ続け、しかしいつの間にかその一途さに絆されてしまったのだろう。 想われるということは、幸せなことだと気付いてしまった。 そして、想われ続けることで地味で平凡なモブ気質の自分が、まるで主役のようにスポットライトを浴びている。 そんなの柄じゃない。 けれど、人生の一部に少しだけ華やかな部分があってもいいんじゃないか、とも思えるようになった。 「やっぱメガネしてない笹本さん可愛いっすよね」 じっと笹本を見ながら渋澤が言う。 「ばっ、ばか、もうそういうの今いらないから」 「だってマジでそう思うんだからしょーがないでしょ」 「いいからほら、こっちを見ろって」 「あ、刺された」 「え!?」 渋澤とあーでもないこーでもないとやり取りをしている間に、テレビの中はホラーなシーンに突入した。

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