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第2話
はい、今出ますと声を上げる前にパチンと部屋の照明が落とされた。
「……っ」
「点けっぱなしで全くもう」という独り言と共に備品倉庫への来訪者は笹本の存在に気付くことなく去って行く。
「……」
ここにいるのに……。
思わず俯き、自分の靴の爪先をぼんやりと眺めた。
いやいや気付かれないのはいつものことだ。扉を施錠されなかっただけマシというもの。
笹本は返事をしようとマスクを摘まんで下へずらしたのだが、その必要もなくなりマスクを元の位置へ戻した。
伊達メガネと大きなマスクで顔を隠し、存在感の極めて薄い総務部所属の雑用係。
それが今の自分だ。
別に今に始まったことではないし、空気のように扱われたから何だって話なんだけど。
笹本は婦人服販売を手掛ける小売り業の会社に勤務している。
入社して3年目。職種は事務。配属は総務部。
仕事内容は社員の名刺を作ったり、備品の管理をしたり、電話応対や来客応対など様々だ。
悪く言えば雑用だが、縁の下の力持ち的な役割を担っていると思っているのは自分だけだろうか。
「えーっと名前何だっけ。あ、そうだ、笹本君」
「はい」
「経理の真上の天井、蛍光灯取り換えといて」
「わかりました」
未だに笹本の名前を遠い記憶から捻りだすようにして自分を呼ぶ部長。
これにだってもう慣れた。
返事をして前を向くと隣に座る美咲がこっちを見ていた。
美咲の年齢は知らないが俗にいうお局様というやつで、笹本に対する当たりが若干キツい。
「お願いした備品倉庫の不足品、発注終わったの?」
「終わってません。別に急ぎではないですよね。今すぐなくなりそうな物は特になかったと思いますけど」
というか元々お前の仕事だろ、と口から飛び出しそうになる言葉を喉の奥で飲み込む。
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