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第5話

渋澤は笹本をいじる唯一の後輩だった。 いてもいなくても気にも止められず、名前もなかなか覚えてもらえない。 そんな笹本を構う渋澤。 仲良くなりたくてコミュニケーションを取ろうとしているのか、はたまた陥れて笑いものにしようとしているのか。 よくわからないまま1年過ごしたが、悪ガキのようなノリで笹本をいじるあの態度から見て恐らく後者で間違いないだろう。 「あんま怖そうじゃないっすね。怖がるかと思ったのに」 そう言いながらもまだ手は脚立をぐらぐらと揺すっている。 いい加減にしろよと口を開きかけた瞬間、笹本の顔から眼鏡が外れカーペット敷の床へカシャリと音を立てて落ちた。 「あ……」 渋澤がすぐにその眼鏡を拾い上げる。 「ありがとう」 落とした原因は渋澤にあるけれど拾ってくれたのもまた渋澤。 大人ならば一応礼を言うべきかと素直に感謝を示したのに眼鏡はなかなか返ってこない。 渋澤は眼鏡を寄越せという意味で手を伸ばす笹本を見て、その眼鏡を自分の顔に掛け始めた。 ─なんでやねん。 そんな生易しい突っ込みでは済まないほどこっちは怒り心頭中なんですけど。 「あれ。この眼鏡、度ぉ入ってます?」 渋澤がそんなことを言いだすものだから、慌てて引っ手繰るようにして渋澤の顔から眼鏡を奪い取った。 「どっちだっていいだろ。それより新しい蛍光灯取ってくれない?」 「あぁはい」 渋澤から新しい蛍光灯を受け取って、再び脚立の天辺に立ち、蛍光灯カバーに取り付けた。 「お疲れっす」 腑に落ちない表情をしている渋澤を無視して後片付けをする。 作業後は経理部長から「ご苦労さん」と労いの言葉をもらえた。

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