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第9話

「飲むときだけマスクずらすとか随分器用な飲み方するんですね」 この声は……。 ぎくりと肩が強張った。 いつの間にか座席移動してきた渋澤が隣に座ってにかっと笑いこっちを見ている。 笹本は戻した筈のマスクの位置を正す。 「どうやって飲んだって別にいいだろっ……ていうか、こっちに移動してきていいのか?」 ─お前の所属は経理部だろう。さっさと帰れ帰れ。 そう含めて言ったのだけれど渋澤には通じない。 「あぁ、いいのいいの。女性陣が上司に酌して回ってっし俺やることなくて暇なんですもん」 「ああそう……」 ─こっちはまったり飲んでたんだけどな。 渋澤が隣に居るだけで、なんとなく居心地の悪さを感じる。 飲まなきゃやってられない。 笹本はマスクに手をかけ、ひょいとずらした瞬間にビールを飲んだ。 「スゲー早業!じゃあ、これはこれは?」 笹本の飲みっぷりを面白がっているのか渋澤の手にはお箸で摘まみ上げた鳥の唐揚げが。 これはこれは?とは一体どういうことだ。 「はい。あーん」 ─はぁっ!? なんでお前からあーん? どうすべきか逡巡してる間に、唐揚げはマスクへと急接近する。 このままではマスクに唐揚げが激突するし、そうなっても渋澤は悪い目付きのまま「あはは」と笑うだろう。 そんな未来が笹本には見えた。 「誰も見てないですって」 「ね?」と首を傾げながら唐揚げを突き付けてくる渋澤が悪魔に見える。

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