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第16話
「そうそう。笹本さんうがいしてちゃんとマスクしてくださいね」
「あ、あぁ……うん」
渋澤に言われるがまま手洗いの水でうがいをし、マスクを装着した。
マスクをしていない顔を小泉に見られてしまったことも笹本からすれば失態だ。
「大丈夫ですか?」
小泉はまだトイレに入らずこっちを見ている。
本気で心配しているのか社交辞令か。笹本はうがいを終えて顔を上げた。
目の前の鏡越しに小泉と目が合う。
まだ見てるのかと、笹本は慌てて口をハンカチで拭ってマスクで覆った。
「大丈夫大丈夫~。ほら笹本さん行きますよっ」
引き摺られる様にしてトイレから出て席へ戻る。
渋澤は笹本の隣から離れなかった。
「お前自分のとこに戻れよ」
「もうみんな好きに移動して勝手に飲んでんじゃん。俺も好きなとこで飲みたいんです」
「……」
反論の言葉も出てこない。
一気に有り得ないことが色々と起きて頭がパンクしそうだった。
渋澤とキスをして、自覚のない性癖を暴かれて、小泉がその一部始終を聞いていたかもしれないという、モブの自分にあってはならない現実。
確かに笹本は小泉をじっと見ていたかもしれない。
でも別にいやらしい目で見ていた訳ではないのだ。それなのに渋澤はそういう目で見ていたと言う。
もしかしたらそうだったのか?いや、そんな訳ない。
と、笹本の脳内で押し問答が繰り広げられる。
笹本は気付けばかなり早いペースで飲んでいた。
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