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第14話 ファーストキス
好き――って、言われた。
好きな人に、好き、って言葉をもらえた。
なぁ、これって、両想いってやつ、だよな? 俺が和臣のことが好きで、和臣も俺のことが好きっていうのはつまりは両想いで、そんで、これは「交際」になるのか? なるよな?
「なぁっ!」
交際してんだったら、つまりは、お互いにお互いが、彼氏、になんじゃねぇの? 付き合ってたら、すること、あんじゃねぇの?
なのに、和臣は淡々と歩いていく。でっかい薔薇の花束を両手で抱えながら。俺はその横を歩きながら、でかい花束のせいで手も繋げねぇって気がついて、自分で用意したはずの薔薇を睨みつけてみたりして。男同士は色々制限あんだろうけど、こんだけ暗くて、こんだけ人もいない時間帯の住宅街ならいいだろ、手くらい繋いだって。それなのにただ歩いてるだけ。
「なぁってば! 和臣」
「んー」
それに、あれはどうすんだよ。付き合ってたんだから、あれ、「キス」しねぇのかよ。
ほら、あの、最終話が十五分が延長になってて、和臣が見逃したドラマだって、告った後にしてただろうが! ぶちゅっとしてただろうが。好きっつったらその次は、キス、すんだろうが。そんでその後には――。
「帰んのかよっ!」
「……帰らないのかよ。この薔薇、枯れちゃうだろうが。しっかし、けっこう歩いたから、駅まで遠いな」
「けどっ」
やっぱり、薔薇のやつが恨めしくて睨みつけた。
キスは? おい、本当に帰るのか? あのドラマ観てた時、俺だけドキマギしてた。俺がまだそういうのしてないって知ってびっくりしてた。ってことは、もう和臣は誰かとしたことあんだろうが。なら、キスを俺とだってしろよ。
「今日、お前が俺のことを諦めたらいいと思ってた」
和臣の声が夜の住宅街に響いた。
「駅前で待ち合わせた時もザッと見て、いない、見つけられなかったってことにして帰るつもりでいた」
それもわかってた。だから、俺は、そのでかい花束を目印になるように持ってたんだ。
「なのに、お前、これ持って駅前にいるんだもんな」
「これなら、来たら絶対にわかるだろうが」
「あぁ、すっげぇ目立ってた」
その時の光景を思い出したのか、和臣がクスッと笑って薔薇に鼻先を近づける。
「けど、そもそも行かなきゃよかったんだ。でも、お前が来てくれてることを確認したかった」
同性愛はしんどいことだってある。和臣がゲイだってちっとも気が付かないように、周囲に隠しておいたほうがいい恋愛だと教えても、それでもなお、俺が、駅に来ているかどうか、どうしても知りたかったんだと、微笑みながら教えてくれた。
嬉しかった? なぁ、俺が、駅前でこのでかい花束持っていたのを見て嬉しかったか?
俺は、駅前に現れた時の和臣の表情を思い出していた。苦笑いを零して、首を傾げながら、何やってんの? って言ってた。そのすぐあとに、俺は嬉しくてベソかいたから、和臣の表情は涙で滲んでぼやけちまったけど。
でも、困ったような、嬉しそうな顔をしていた。
「その後、ゲイバー行った後もそう」
「お前が遊び人だって教えてもらったこと?」
ゆっくり頷いて、また苦笑いを零す。
「そこで呆れて、遊ばれるのなんてごめんだって、ふざけんなって、帰るだろうって思いながら、帰って欲しくなかった」
「……」
だから、ずっと、歩いてたのか? 繁華街を歩いて歩いて、こんな人もいないような住宅街に来るまで?
「バカじゃねぇの?」
「俺も自分でそう思うわ」
突き放しておきながら、最後、ちょっとだけ掴んで離そうとしない。離せなかった。俺が、最後、その指先にしがみつくことを願って、けど、そのままその指先から離れていくべきだと思って、和臣はずっとその辺をウロウロしててくれた。
「ゲイの自分が経験したしんどいことを、お前には味わって欲しくないと思うくらいに大事なんだよ」
「……和臣」
「だから、今日は帰る」
「は? ぇ……んあぁぁぁ? 冗談だろっ?」
「冗談なわけあるか。大事にしたいっつっただろうが」
大事って、だって、今までなら。
今までなら、もっと手が早かった? のか? 遊び人で、そんで付き合いは短くて、すぐに別れた? 俺は、そうじゃないから? 今までとは、違うから?
「……和臣」
「んー?」
それは、すげぇ、嬉しいよ。好きになってくれたのも、大事にしてくれるのも、今までの相手とは違う付き合いをしてくれるのも、たまらなく嬉しいけど。
けど、やっぱ、欲しい。
そう思って、薔薇の花束を大事そうに抱える腕をちょこんと掴んだ。袖んとこを指で摘んで引っ張った。
「剣斗?」
「……キス、も、ダメなのかよ」
「……」
「好き、だから、キス、したい、っつうのも、ダメ?」
気恥ずかしくて俯いてしまう。
欲しいんだ。和臣のキスが欲しい。そんで、もらって欲しい。
「俺のファースト、キス」
「……」
「ダメ?」
「……お前、ズルいね」
薔薇の花束が揺れて、小さな音を立てた。
和臣が首を傾げて、俺のことをズルって言って笑いながら、ゆっくり目を閉じる。
「目、閉じて」
「ぁ、ごめ……」
「ホント」
言われて、慌てて目を閉じると、ふわりと空気が動くのがわかった。そのすぐ後、可愛いって、言葉と一緒に唇に触れる柔らかいもの。
「目、もう開けていいよ」
ふわふわしたものが触った。
「俺の……ファーストキス」
「そ、俺がもらっちゃった。すげ、なんか、緊張するな」
「……」
和臣が眉を上げて、ひとつ深呼吸をする。
「き、緊張したのか?」
「したな」
「遊び人なのに?」
「あのなぁ、だから」
大事だから、ファーストキスをもらうことにドキドキした?
柔らかかった。優しくて、ただ触れただけで嬉しかった。
「すげ、嬉しい」
思わず零れた本音に、和臣が笑って、俺の頭を撫でてくれた。
「もっかい、したい。次、ベロ入るやつ」
「おまっ」
「ベロチュー」
「しません」
あわよくば、もう一回したかったけど、これは勢いで訊いてみただけ。きっとしてくれないと思ってた。だって、大事にしたいって思ってくれてるのが、キスで伝わったんだ。優しくて甘くて柔らかくて、そんですげぇ、蕩けそうなくらい、丁寧に唇を重ねてくれたから。
「ベロー!」
「しませんってば」
「ケチ!」
「ケチでもなんでも、今日は、おしまい」
「いいじゃんかっ!」
「しーまーせん」
あぁ、俺、和臣にすげぇ大事にされてるって、ファーストキスが、教えてくれたから。
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