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第15話 ファーストデート

 疲れてる時はコーヒーだろ。あ、でもこれ甘い? 俺は美味そうだなぁって思ったんだけど。うちの実家でカテキョとして来てもらった時、休憩にってお袋が用意してくれたのはペットボトルのお茶だったから、コーヒーの好みがわかんねぇ。あ、つうか、そしたら、お茶買えばよかったか? いや、でも、疲れた時はリラックス効果狙ってコーヒーだろ。  だから、これでいい。うん。たぶん。きっと。  色々悩みながら、俺は紙パックの甘いカフェオレを飲んで、足元の芝生を爪先で蹴った。  和臣のいる学科は、建築科。俺は生産科。俺のところはけっこう楽に入れるけど、建築科と、情報処理科は人気の学科らしくて、入るのが大変なんだそうだ。そんでもって、入ったあとはもっと大変らしくてさ。勉強することも、課題も、実習も、実習あとのレポートも山盛り。  だから、入ったばっかの一年坊主の俺は、今、構内の中庭で和臣を待ってるところ。  あいつはまだ、建築科のところで頑張って実習とかしてるんだろ。 「剣斗」 「!」  四月の風は、昼間は爽やかであったかくて、日が落ちてくると涼しくて気持ちイイ。その風で足元の芝が揺れていた。  和臣の背後で夕暮れの空がグラデーションになってる。綺麗で、ドキドキした。 「……ぁ」 「ごめん。けっこう待たせた」  全然へーき。苦じゃなかった。むしろ、待ってるのがくすぐったくて、懐かしかった。カテキョで来てくれる和臣を待ってる時を思い出してさ。  お菓子オッケー、ジュースオッケー、って、テキスト出してねぇじゃん! って、いつもそわそわしながら待ってた頃。 「あ、これ、どーぞ」 「……俺に?」 「疲れてるかなって。あ、俺基準で選んだから、すげぇ甘いかも」 「……疲れた。そんで、これ、たまに買って飲むよ。めちゃくちゃ美味い」  いつも、和臣が来てくれるのをそわそわしながら待ってたけど。 「あ、あああ、あっそ、よかった」  あの頃とはちょっと違ってる。空気っつうか、雰囲気っつうか。 「……ほら、剣斗」 「あ?」 「飲む? お前も、コーヒー。甘くて美味いよ。これ」 「あぁ、うん、飲、」 「間接キス、する?」 「!」  その単語に身体がぎゅっと縮こまって、硬くなった。 「俺と、間接キス」 「!」  あの頃と違う関係性っつうか。 「あ、ああ、の、飲む」 「ッぷ、お前、間接キスでそんな真っ赤になるなよ」 「んなっ! うっせぇな! 小学生じゃあるまいし! そんなん意識なんてしねぇよ! つうか! ちげぇし!」  甘いっつうか、ラブっつうかさ。 「ほら、はんぶんこ、そっちは? カフェオレ? あー、じゃあ、似てるか……」 「飲む!」  慌ててぶんどった。  そして、両手で飲みかけのコーヒーをじっと見つめる。コーヒーというより、その缶のふちのところを見て、それから、交換して、今は和臣の手の中にある俺の飲みかけのカフェオレを見る。  和臣はそんな俺の視線に気がついていて、ニヤリと笑う。俺が意識するようにゆっくり口元に持っていくんだ。その様子を目が勝手に追いかけていく、その先には和臣の、昨日キスをした唇がある。 「……甘い」  その唇が俺の飲んだ缶に触れる、ただそれだけのことにドキドキした。ドキドキしながら、そっと、俺も飲んでみたんだ。 「……あれ? けっこう、苦い」 「っぷ、舌がお子様だな」 「んなっ!」  甘いと思って飲んだコーヒーは案外ほろ苦かった。けど、これが和臣の好きな味なんだって思うと、舌先に触れる苦さもそれはそれでいい感じになっていく。 「剣斗」  カテキョの和臣と会ってた時にはなかった味が嬉しい。 「どこか行きたいとこある? デート」 「!」  デートっていう単語ひとつにくすぐったくてさ。まだ、俺は和臣といられるんならそれだけで充分腹いっぱいで、大満足なんだけど。けど、もしも、今、行きたいところをひとつ絶対に言わないといけなかったら。 「あー……」  でも、躊躇った。男の和臣はそんなとこ行きたくないかもしんねぇじゃん。しかも男ふたりでとか、俺の見た目はこんなだから、まずひとりで入ったって悪目立ちするし。  けど、行ってみたいところがあるんだ。  手芸屋。  普段は通販でいっぺんにネットで頼んでた。親にはマンガ本を通販で買ったってことにしておけば、それ以上は詮索されなかった。田舎で、本屋もこのご時世近くはなくて、もっぱら、ネットで買ってたから、その中のひとつが手芸の素材ってだけ。  だから、手芸屋でこうして布を直に手にとって選ぶなんてこと、あんましたことなくてさ。 「あー、いや、別に」  けど、和臣は手芸が好きなわけじゃねぇし。男二人だし。男同士でそういうとこの出入りは、イヤだろ。 「もし、剣斗がどこも行きたいとこないなら、手芸屋、行ってみる?」 「え?」  その瞬間、テンションが上がって、笑われた。 「俺らの地元じゃ、あそこだろ? 駅前の糸針屋。こっちなら、すごいでかい手芸屋があるよ。たしか。三階建てになってたと思う」  三階建ての手芸屋とか、どんななんだよ! そんなテンションの上がり方でさ。目も輝いてたと思う。和臣がまた笑ってくれて、俺の頭を撫でようとした。 「そっか、髪、オールバックだと撫でられないな」 「……ぁ」  そうだった。いつもどおりにしてあるんだ。髪をセットして来たっけ。そっか、こうしてると、頭は触ってもらえないんだな。 「いいよ。そのままで」  ふわりと春の風がさっきより少しまた冷え込んでいた。その風にアッシュカラーの和臣の髪が揺れて、でも、俺の髪はバリバリにセットしてあるまんま。 「お前、前髪下ろすと途端に可愛くなるから」 「……」 「家庭教師しながら、ずっと思ってた」 「!」  髪も、俺自身もまだデートそのものにカチコチに固まってる。 「ぇ、ずっとって」 「……」 「なぁ! ずっとって?」 「ほら、手芸屋、早くいかないと閉まるぞ」 「おい! 和臣!」  初デートに緊張してる。  その時吹いてきた風は冷たいけれど、花の香りが混ざってて、すげぇ気持ちイイ風だったから胸いっぱいに吸い込んで、そんで名前を呼んだ。テクテク先を歩く和臣を追いかけた。

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