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第13話 くれよ。くれくれ。くださいな。
ふざけんなよ、おい、和臣。
そう、繁華街で薔薇の花束と一緒にチラ見されまくってた背中へ、心の中で問いかけた。
店を出てから、和臣は駅へは向かわず、ずっと歩いてる。もう、繁華街なんかとっくに過ぎて、住宅街まで来ちまった。
もしかして、歩いてるばっかなことに疲れて俺が帰るのを待ってんのか? 自分から離れていくのを待ってる?
ゲイバーで、和臣は遊び人だからやめておけって、どっかのおっさんに言われて、お前はノンケなんだから、ゲイとか男同士の恋愛とか、男の味とか、覚える必要なんかねぇと諭された。
ノンケ? 男の味? 知るかよ。俺はノンケじゃねぇよ、そんな名前じゃねぇ。男の味も知りたいなんて思ってねぇ。
俺が欲しいのは、俺が知りたい味は。
「和臣っ!」
ゲイバーは一杯呑んだだけで、すぐに出てきた。あそこへは飲みに行ったんじゃなくて、俺を見せびらかしたかったんじゃなくて、俺へ冷静な大人からのお説教を聞かせるために行った。
嫌いなら、そう言えよ。好かれて迷惑なら、そう、言え。
「おい! 和臣!」
「……何?」
そんなふうにバカでかくて、目立つ真っ赤な薔薇の花束をちゃんと持って帰ってくんな。忘れないよと言って笑うな。
――あ、マスター。薔薇、預かってくれてありがとね。
――いや。それ、その子から?
――うん……そう。
花束にそっと笑って頷くな。俺のことなんてシカトすればいいだろ。好かれたくないんだろ? なら、忘れろよ。大学に受かったの覚えてて、そんで初日に俺の学科んとこまで来んな。オムライスの食券とかいらねぇよ。中途半端に余地を残すなよ。
「俺はっ! お前のことっ!」
「聞かなかった? 俺、遊び人だって。やめとけって、マスターが言ってただろ」
俺がお前のことを好きでいてもいい余地を。
「ゲイじゃないんだから。俺なんかと付き合って、変なこと覚える必要なんかない。お前は」
そう思うんなら、もっとしっかり断れよ。そんな大事そうに花束抱えるな。俺の「好き」を持って帰るな。
「俺なんかには」
「うっせぇよ!」
だから、その花束をどかして、思わず、しがみついた。それをそんな大事にしてくれるのなら、俺を代わりにして欲しいなんて、図々しい願いを込めて。
「わかったよ! 男同士は大変なんだろ? そんで、あんたは遊び人だから、俺は遊ばれて終わりなんだろ? 余計なこと覚えて、傷つくことなんてねぇんだろっ」
「……わかってんじゃん」
ぎゅっと、指先に力を込める。
「俺に、諦めて欲しいんなら、ちゃんと言えよ。嫌いだ。好みじゃねぇ。お前みたいなヤンキーとなんか付き合えない。ノンケだっけ? そんなんとか範囲じゃねぇんだ。地元の後輩ってだけだから、それ以上の感情ねぇよ。悪いけど」
自分で言っておいて、胸んとこがひどく痛くて、しんどいから、ぎゅっと身体を縮めて俯いた。自分の言葉で泣きそうになって、でもそんな面を見せたくないから。
「悪いけど、好きになれないから、迷惑だから、諦めてくれ、そう言え」
そんで、この花束はここに捨ててってくれてかまわない。邪魔だろ? 俺が捨てる。明日はちょうど燃えるゴミの日だ。だから、このまま、ここに俺ごと置いてけよ。そう、思いながらも、手は和臣を離したくなくて、抱きついて、しがみついてる。
だから、いっそのこと……いっそのこと、この手ごと振り払ってくれたら、すげぇ悲しくて辛いから、もうお前のとこになんて来たくなくなるかもしれないのに。それはしない。俺が、この手を離すのを待ってるんだ。
「和臣……お前、何したいの?」
諦めろって言いながら、俺を捨てない。大事に抱えてくれる。だから、俺もぎゅっと掴み直しちまう。
肩を力ませて、指が真っ白になるくらい、和臣にしがみ付いちまう。
「なんでっ」
「それが言えたら、もう、言ってる」
「……ぇ」
思わず顔を上げた。
「言えないから、困ってるんだろ」
和臣の手が俺の頭を撫でてくれたから。柔らかく髪に触れてくれて、俺はびっくりして反射的に顔を上げて、そこ苦笑いを零す和臣がいた。
「可愛いと思ってる……」
頭を撫でてくれた手は、あの雪の日みたいに髪を梳いて、耳に触れて、頬を包む。
「お前のこと、可愛いって」
「そ、それって」
触れて、そして、笑ってくれた。困ってるとか、苦い感じのじゃなくて、ちゃんと笑顔を向けてくれる。
「それって!」
「……」
「なぁ! 和臣っ」
可愛いって思ってるだけじゃ、わかんねぇよ。ちゃんと言葉でくれよ。
「お前のそれ、ずるいよ」
「? なんだよ」
「すごいんだ。欲しい欲しいって、ねだられる感じ。たまんない」
知るか。だって、欲しいんだ。くれないなら我慢して、この欲しい気持ちを捨てるしかねぇけど、そうじゃないなら、もしも、くれるのなら、我慢しなくていいのなら、くれよ。
「……いいの? 俺なんかで」
なんか、ってなんだろ。いいよ。和臣がいいんだ。だから、くれよ。
「俺、一人と長く付き合わないタイプで」
「いいよ」
「遊び人って、マスターも言ってただろ?」
「いいっつってんだろっ!」
欲しいんだから、くれよ。嫌ってないのなら、くれ。
「遊びでもいいよ」
「……」
「そんな長く付き合ってくれなくてもいい」
「お前ね……」
「そもそも、付き合ってもらえるなんて思ってなかったし」
好きって言えたらそれでよかったんだ。あの雪の日からずっと残ってる気持ちをここでぶっ壊さないと、どうしたって進めないから。
「好きなんだ」
「……剣」
「ただ、それだけだ」
男同士がどうとか知らない。欲しいだけ。
「好きだよ、剣斗」
その欲しいものをあげるって、言われたら、有頂天になるだけのこと。この腕に抱き締めてもらえるなら、それだけで嬉しいんだよ。
「マジで?」
そう問いかけた自分の声が抱き締めてくれる腕に囲われてるからか、小さく響く。
「あぁ、好きだ」
「本当に?」
「あぁ、可愛いと思ってる」
「ウソくせぇ」
「ホント。それと……初めてだ」
何がだよ。初めてなんだよ。遊び人で、誰とも長く付き合わないお前が初めてなことって、なんだよ。
「大事にしたいと思った」
「……」
「お前のこと、大事にしたいって、思ってる」
ウソみたいだ。欲しい言葉をもらえただけでもすげぇのに、何これたまんねぇ。嬉しさがすごくて、思わず、ずっとしがみ付いてた手に力が篭った。
「だっ!」
「?」
「大事にしてくれんなら、あれ、さっきの」
じっと見つめられて、俯いてた俺は覗き込まれて視線のやり場をなくす。ガン飛ばされて威嚇されたところで「はぁ?」としかならない俺がうろたえてる。無理だった。見つめ返すとか、全然、無理。
「遊びでもいいし、長く付き合ってくれなくてもいいっつったけど。けど! で、できることなら、イヤだかんな」
話がちげぇって思った? けど、好きな奴が他所とイチャイチャしてたら普通は誰だって、イヤだろうが。
「っぷ」
「笑うとこじゃねぇよ」
「わりぃ。でも、お前、ホント、可愛いわ」
「可愛くねぇよ」
またぎゅっと抱き締められて、今度は頭をぽんぽんってされて、嬉しくて、嬉しすぎて。
「可愛いよ」
「……」
「とりあえず、すげぇ大事にしたいって初めて思ったくらいに可愛いよ」
どうしたらいいのかわかんなくなって、力いっぱいしがみついたら、痛いって笑われた。痛いくせに嬉しそうに、俺のことを好きになってくれた和臣が笑っていた。
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