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第12話 君に赤い花束と
――俺が駅に行って、剣斗がいなかったら、その時はきっと俺の言ってることをわかったんだと思って、俺は帰る。探さない。
そう言ってた。
「……すご、花」
そんな声がたまにこそこそ聞こえる。
和臣の魂胆なんてわかってんだぞ。ふざけんじゃねぇぞ。舐めんなよ。バカにしてんだろ。
どうせ、サッと駅前見て、いなかった、わからなかったとか言ってかわす気なんだろ。
最悪、来ないかもしんねぇけど、来たら、すぐに見つけられるようにしたからな。五分だっけ? 数分……待ち合わせの時間から数分待っても現れなかったら諦めるよ。
うざってぇ地元の後輩って思われてるんだって。
泣きながら、このバカみたいにでかい花束抱えてアパートに帰ることにするわ。両手じゃないと持ってられないほどの真っ赤な薔薇の花束を抱えて、駅前で待ってる金髪ヤンキーなんて、悪目立ちハンパねぇだろ。
クソ、恥ずかしいけど。これで、見つけられなかったなんて言い訳は通用しねぇから。
けっこう視線がすごくて、思わず俯いて金色をした前髪で顔を隠した。
来てもスルーだったら、諦める。
来てもくれなかったら、もう忘れる。
俺の好きはあいつにとって、すごく邪魔でうざったいだけだから、この花束と一緒にちゃんと枯らして、ゴミ箱に捨てる。
でも、来てくれたのなら、声をかけてくれたのなら――。
「お前、何、やってんの」
声を、かけてくれたのなら。
「!」
「周り、めっちゃざわついてんじゃん」
クソ嬉しすぎて、泣きそう。
「すげぇ、こんなでかい赤い薔薇の花束、初めて見た」
「っ」
「ホント、お前って」
「……好き」
つか、涙が出た。自然と堪えきれず涙が溢れて、目の前にいる和臣をぼかして、夢みたいにしちまうから慌ててもう一回言った。
「好きなんだっ」
「わかってる」
「っ」
かわすなよ。なぁ、受け止めて欲しいなんて思ってねぇよ。ただ、逃げないで。一回だけでいいから、ぶっちゃけさせて、それからなら頑張って捨てっから。初めて、好きになったんだ。だから、せめて一回くらいは伝えさせてくれよ。
「好き……」
「あぁ、わかったから、泣き止めよ」
「だって、お前がっ、俺のことっ」
このでかい花束を受け取って欲しいなんて言わないから。
「ホント、剣斗はさ……」
涙を親指でぬぐってくれた。そして、さっきよりもまともに見ることができるようになった。
「これ、俺にくれんの?」
「え? あ、あぁ」
「ありがとな」
抱きかかけてた薔薇を和臣が受け取ってくれた。こんな邪魔なくらいにでかい花束を、もらってくれた。
俺は断られると思ってから、ここに来てもくれないと思ってたから、なんか受け取ってもらえたことにびっくりして、急に軽くなった両手に戸惑う。
「すげぇ、でか。でも、綺麗だな」
「な、なぁっ! 和臣っ!」
それ、もらってくれんのか? なぁ、俺の好きも、その花束みたいに、その。
「……ほら、剣斗」
俺の好きは、受け取ってくれんのか?
「来いよ。連れて来たい場所がある」
「え?」
バカでかい薔薇の花束を持った和臣は振り返ると俺を呼び寄せて、そして、普通に笑ってくれた。かわすんじゃなくて、スルーじゃなく、早く隣に来いと呼ばれて、俺は嬉しくて、軽くなった両手をブンブン振って駆けて行った。
「いらっしゃい」
連れて来られたのは小さなバーだった。螺旋階段を下へと降りていって、地下一階。手押しの扉を開けると少し薄暗い店内に、カウンターにはびっしり酒瓶が並んでる。
一見したら普通の飲み屋。客もリーマンか、そのくらいの年齢の、男が数人いるだけ。
マスター、なのかな。カウンターの中にいたヒゲの渋い感じのおっさんがまずは和臣に「久しぶりだね」って低い声で話しかけてから、俺へにこやかに笑って首を傾げた。
「ね、大(だい)さん、これ、どっか一時でいいから置いてくんない?」
「なんだ? このでかい花束」
「席、それで潰しちゃうからさ」
「オッケー、帰り忘れんなよ」
和臣が少しだけ笑ってから、俺を見て、「忘れないよ」って小さく言った。俺は、ただそれだけのことでもくすぐったくて、肩の辺りに力が入る。
「そんで? 何? その可愛いヤンキークン」
俺のことだ。渋マスターが渋く笑って、グラスをひとつ俺にくれた。穏かに笑いかけられてるはずなのに、目が合うとそわそわする。細められた瞳になんか色々透かされて、中まで見つめられそうで、落ち着かない。
「俺の」
あ、マジかよ。今の録音してぇ。「俺の」なんて言うとか、聞いてない。
「そんでもって、未成年だから、酒入れないで。あ、俺はチューハイでいいや」
「あいよ」
俺の手前に渋マスターが置いたグラスへ、和臣が掌で蓋をする。
「未成年をバーに連れてくんなよ」
「すぐ帰るよ」
二人のそんな会話を聞きながら、俺はひとりで和臣の今、たった今言った言葉を繰り返し再生してた。「俺の」って、そう言ったんだ。和臣のって。ただそれだけのことで、有頂天になれる。酔っ払いみたいにはしゃげる。
「可愛い子じゃん。こんなとこ連れてきて、見せびらかしたかったのか? 次の恋人はこの子ですって。なぁ、君、そんな遊び人じゃなくて、俺にしない?」
「こいつはノンケだよ」
渋マスターが用意してくれたチューハイは和臣の分だけ。それを持つ手すらかっこよくて見惚れる。
「そうなんだ? じゃあ、俺の趣味じゃないや。残念」
渋マスターが肩を竦め、さっきまでの射抜くみたいな視線がスッと変わって、急に緊張が消えた。たぶん、消えたのは、色気。この渋マスターの色気に俺はそわそわしてた。けど、俺は趣味じゃないらしく、今は、普通のマスターになって、後ろにある冷蔵庫からウーロン茶を出して、グラスに注いでくれる。
「あ、の、ノンケって……」
「あぁ、わからないか。ゲイ、同性愛者じゃない人ってことだよ。って、なんだ、和臣、こんななんも知らない子を捕まえて、かわいそうだろ」
「お、俺がっ!」
小さな店だから、少しでかい声を出しただけで、カウンターの奥に座っていたリーマンがこっちを「なんだ?」って顔をしてチラ見してた。
「すんません。でも、俺が和臣のことを好きになったんです」
「……なら、尚更、やめておきなよ」
「……」
「十九? 十八? まだ若いし、それに、ゲイ、じゃないんだろう? 俺は、ゲイ。ここにいる客のほとんどがゲイだ」
ゲイバーなんだとその時言われるまで気が付かなかった。
「君は一時の感情が盛り上がりすぎてるんだ。和臣に夢中、なんだろ?」
辺りを見渡して、こういう場所が本当に実在することにもびっくりしてた。
「けど、和臣はやめておきなよ」
「……」
「君、純粋そうだから。きっと泣くよ」
「……ぇ」
「和臣は、誰とも続かない。続ける気がない。そんなのと付き合って、変に男の味なんて覚えてどーすんの」
そう言って、渋マスターが溜め息をつく。
「たとえば、君が今突然、自分の恋愛趣向に気がついたんだとしてもだ」
和臣はしれっとした顔で、チューハイをぐびっと飲んだ。
「和臣はやめておいたほうがいい」
渋マスターがそう言った瞬間、その飲んだチューハイがクソまずかったのか、眉をひそめて、いやな顔をしてるの和臣を俺は隣で見ていた。
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