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第11話 四月の残雪

 茶碗二杯分は確実にあるだろう飯。いや……これ、もしかしたら三杯あるんじゃね? ほら、これが一杯分だとしたら、三杯だろ。それと、卵は確実に二個は使ってる。こんなでかいものをくるっと全部包むには二個は余裕で使ってる。  それなのに、この山みたいなオムライスなのに、これで、二百円とか。 「……価格破壊だろ」  そう呟くと同じオムライスを食べていた和臣が難しい言葉を知ってるなって、ガキ扱いして笑ってた。そんくらい知ってる。っつうか、なぁんも知らないのはお前だ。  男の俺に好かれてるなんて、これっぽっちも知らない。お前の彼女のことを内心ではおかめっつって、バカにしてるのも、ヤキモチを一人で勝手にしてるのも、なんにも、お前は知らない。 「これで二百円じゃ人気にもなるだろ? うちの学校女子率低いから、学食のメニューどれもボリュームすげぇんだわ」  その女子率低い大学で、朝からおかめ女とイチャイチャしてた奴のくせに。  おかめ彼女はいいのかよ。和臣ぃぃぃって、語尾にハートマークつけまくって、ベタベタベタベタと。バカじゃねぇの? ここは勉学の場であって、デートする場じゃねぇんだよ。くっつきたかったら、ラブホでもなんでも……いや、行くなよ。行かれたくねぇ。デートとかしてんじゃねぇ。俺の知らないところで、って別に俺は和臣のなんでもないのにそんなことを言う権利はないけどさ。  お前は教え子だと思って、地元が一緒だからってだけで世話してやってるつもりなんだろうけど、こっちはこんなことばっか考えてんだよ。 「お前、顔面忙しそうだなぁ」 「あ?」 「顔面。オムライスを睨みつけて食いだしたかと思ったら、寂しい顔してみたり、落ち込んでみたり」 「う、っせぇな」  おかめのことが羨ましいって、思ってんだよ。 「今朝、生産科に顔出したんだ」 「え?」  急に切なくなって、呑気な赤と黄色のコントラストが楽しげなオムライスを見つめてた俺は、その言葉に顔をパッと上げた。 「受かったって聞いてたし。いると思ったんだけど、いなかった」 「……あ」  そういや、おかめ女が言ってた、かも。  ――和臣ぃぃぃぃ、生産科になんか用事って、なんだったわけぇぇぇぇ?  悪意を込めて、二割り増しくらいでねっちょりと甘い声に変換して脳内で再生する。  言ってた。たしかに、そんなことを言ってたかもしれない。俺は、和臣に会えたことが嬉しくてたまらなくて、ずっと会えなかった間に降り積もった雪みたいな「好き」がすごくて、胸がいっぱいだった。あの記録的大雪になると天気予報で言われた、あの日の雪みたいに、あの日言わせてもらえなかった好きがどんどん降り積もって、こんもりとした山になったから、まだ溶けてない。もう四月だっつうのに、まだ溶けずに俺の中に残ってる。しかも、ここまで残った雪はガッチガチに硬くてさ。絶対に溶けてなんてやるもんかって、意固地なくらい。だから、言うから。 「そんで、なんだ、あいつ、まさか迷子? って、心配してたら、うちの棟にて、不意打ち食らって、びっくりした」  あの時はスルーされたっつうか、逃げられたけど。 「びっくりしてたら、お前が不貞腐れた」  好きだ、って、言うからな。 「……っぷ」 「なんだよ」 「お前、ホント、素直だな」 「何がだよ」  お前に彼女がいたって、それでも俺は言う。男なんて、しかもこんな可愛いとこなんてひとつもねぇ二つ下のヤンキーなんて御免だって思ってたって、言う。 「顔に書いてあるよ。ここ、学食だぞ」 「知るか」  頑固に居座ったんだ。四月になったって、まだこんなにでかい塊のまんま溶けて消える気配がない想いなんだ。  たくさん考えて、自分で自分のこと諭して、諭しまくって、否定しまくって。何度も何度も。熱湯かけて溶かそうとしたのに、それでも残り続けた気持ちが言いたがってる。 『好き』  ただ、その二文字だけを伝えたくて、まだここにいる。それに勝てる理屈なんて、俺には思いつかねぇよ。だから――。 「それだけ言わせてくれたらいいんだ。別にどうこうなりたいとか思ってねぇよ。けど、あの時言えなくて」 「剣斗」 「すげぇ未消化っつうか、だから、言ったらもうその後関わるつもりねぇし」 「わかったから」  わかってねぇよ。四月まで持ち堪えたこれを舐めんじゃねぇぞ。 「俺はっ、和臣のことっ」 「俺、ゲイなんだわ」  ボソッと、小さな声だったけど、確かに聞こえた。 「……は? 何、言って」  聞こえたのに、聞き返してしまうほど信じられないぶっちゃけに、言葉が出てこない。 「ゲイ。内緒だけどね」  しばらく、心臓、止まった。 「びっくりした?」 「……」 「誰も知らないからな。俺の周囲の奴は。そんくらい隠してる」  和臣がゲイ? 「そんなふうに完璧に隠すくらい、しんどい部分もあるんだよ。同性愛って」 「……」 「そんなしんどい部分もあるんだって、わかってて、それでも俺に言いたいことがあるんなら、今夜、合格祝いをしてやる」 「……え?」  他の誰も聞こえないよう、周囲の会話に紛れ込むひっそりとした声が、時間と場所を告げる。待たない。来て欲しいくはないから、だから、待つつもりはない。駅へ行って、俺の顔がないことを確認できたら、すぐに帰る、そう言われた。とても冷たい、突き放した声だった。それと、少し冷めた表情。  けど、言い終わると、ふわりと笑った。 「それじゃあな。午後もみっちり授業入ってるだろ? 早く、オムライス食っちまえよ。俺、先に行くわ」 「……」  笑って、その二文字を言わなかったら、良い先輩として接してやるって、優しい声で表してる。 「……んな」  俺は、その二色の声色に、ただ、ふざけんなって、思った。舐めんじゃねぇぞって、ムカついてた。

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