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第17話 果たし状

 ブロッコリーにキャベツ、大根、長ネギ、玉ねぎ、人参、ごぼう、それと乾燥椎茸、切り干し大根、あ、あと、カリフラワー。ブロッコリーとキャラかぶってねぇ? カリフラワーって、モコモコしてゴロゴロした感じがさ、色違いってだけで、なんか、かたっぽあればよくねぇ? って、毎回思うんだけど、うちのおふくろ、必ずブロッコリーとカリフラワーを両方一緒に出するんだよ。なんでだよ。っていうか。  八百屋かよ。  俺、一人暮らしだっつうの。どこの大家族だよ。  せっかくのディープキスからのいい感じで、一人暮らしで、キスの余韻にメロメロで、あれぜってぇ、そのまま、ベッドイン、だったのに。  この野菜の宅配に邪魔された。  野菜と一緒におふくろからの手紙も同封されていた。手紙もありがたいし、俺がいるだろう時間を指定して、夜九時までの最終便にしてくれたのもありがたい。すっげぇ、ありがたいんだけど。たしかにキャベツはこっちでどんな高級品だよってお値段してるけど。でも、あのままベッドインしそうだったのに。  デートでいい雰囲気で、そんでキスして、舌とかあんなふうにされて、膝に力入らなくて、俺は、ちょっと勃…………ってたり、して。しばらくがっかりして、無言の野菜がしおれかかりそうなほど重たい溜め息つきまくったけど。 『そっちは野菜高いって聞いたから、これ、駅前の八百屋さんの激安野菜。大根と長ネギは裏の加藤さんとこから頂いたもの。たくさん食べて、大学生活頑張るように! 野菜、たんまりだから、和君と分けてね』  でも、もう復活。  それ。それだ。  お裾分け、からの、自宅デート延長戦だ。  能天気なところはおふくろに似た。もうそこでしっかりスイッチ切り替えて、るんるんしながら、野菜を小さな冷蔵庫にギュウギュウに詰め込んだ。実習が大変で疲れたって言ってた。手芸屋でかなりあっちこっちと付き合ってもらって、布だってパッチワークががっつりできるくらい買えた。だから、あの日はディープキスで一回止めて、続きは後ほどってことにしたらいいよ。  そのディープキスデートの翌日、今は、朝からびっしり詰め込まれた授業の隙間にある昼休憩中。ポカポカ能天気な青空の下、中庭のベンチで日向ぼっこをしながら、和臣に、つまりは彼氏に、ラインしてる。  彼氏って、なんか、すげぇ響きだな。  そう思ってニヤつきつつ、野菜のお裾分けメールを書いている。  ――昨日の宅配、すっげぇ野菜入ってた。  ――だろうね。すっげぇ重かったから。もう飯食ったのか?  ――食った。和臣は?  学食にいなかったんだ。いても、きっと俺からは声かけないだろうけど。ほら、男同士はまずいっしょ。地元が一緒のよしみでって言い訳をするにもさ、俺と和臣じゃキャラ違うから目立つかなって。ゲイの和臣はそこをすげぇしっかり隠してるって言ってたから。  ――まだ。実習で昼飯押してる。  俺は別に男同士とかどうでもいいけど。あいつに好きって告った時点で、男同士ってことへの覚悟はできてた。好きになったのがたまたま男の和臣ってだけ。おれのレンアイが他人様に迷惑になってるわけじゃねぇ。この金髪と一緒。別に他人がどうこう言おうが関係ねぇだろ。  ――そっか。お疲れ様。ちゃんと飯食えよ。あのさ、うちに届いた野菜、マジで大量だから、お裾分けする。っつうか、持ってく。  ――あー、いや、いいよ。おれ、何時に帰れるかわからない。剣斗はうちにいる? いるなら、帰りに寄る。  実習きついんだな。そりゃそうか。入ったばっかの一年でさえ、授業詰め込まれてんだから、三年になったらものすごいはずだ。  ――そっか。マジで、あんま無理しないようにな。俺は別になんもねぇし。部屋でパッチワークやってる。いつでも大丈夫だからさ。  本当は今夜、歓迎会らしきものがうちの学科であるらしい。未成年だから、飲み会じゃなくて食事会。ほら、生産科は男ばっかだからさ。それじゃ楽しくないって、科の誰かが、女ばっかの情報処理科との合同歓迎会を開催することにしたらしい。  けど、和臣に会えるなら、行かないし。そもそも、その合同歓迎会に興味がなかったから、行くつもりもなかった。  そっか。そんな疲れてるんだったら、夕飯食っとくかな。帰ってから作るの面倒だろうし。いや、面倒だからこそ、どっかで食べてくるかもな。じゃあ、何か作りおきのできるものでも作って……って、俺は親戚のおばちゃんか近所の世話焼きおばちゃんかよ。どっちにしてもおばちゃんじゃねぇか。でも、飯どうする? とか、聞かれるのも面倒だよな。昼飯すら食えてねぇのに。煮物、肉じゃがだっけ。そしたら。 「すげぇ、真剣な顔」 「あ?」 「果たし状でも書いてんのかと思った」 「果たし状?」  声をかけられて、視線をスマホからそっちへと移す。目の前には……たしか、同じ科の。 「同じ生産科の仰木(おうぎ)だよ。果たし状っつうのは、決闘を申し込む時の」 「知ってる!」 「俺の名前? それとも果たし状の意味?」 「どっちもだ」  いや、あんたの名前は覚えてなかったけど。  その同じ科の仰木はクスクス笑いながら、隣にどかっと座ってしまった。黒い短髪に切れ長の目、背も高くて、すらっとしてるけど華奢なわけじゃない。和臣のいる建築と違って、うちの科は全員男なんだけど、その男どもの中でも目立ってた。こいつの隣にいたのがガリ勉タイプだったんだけど、もやしみたいに細くて、重い工具なんて使うどころか持つのすら危ういような、そんなもやしガリ勉とは同じ歳に見えなかった  しかも、こいつは普通にしてるだけなのに、もやしガリ勉がビビりまくってた。  まぁ、わからなくもねぇけど。 「なんか用?」 「いや……あんたも同類っぽいからな」 「っぷ、なんだそれ」 「……あんた、合同歓迎会、行かないんだろ? さっき、科の奴が出欠確認した時、あんただけ欠席にしてたから」 「は? 俺だけ?」  これで悪目立ち決定だな。それでなくてもあの科でこの金髪はかなり浮いてるのに。 「いや。俺も行かねぇ」 「……」 「な? 同類だろ?」  そう言って仰木が短い前髪をくしゃっとして、笑っていた。

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