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第18話 おにぎりとキス
あんま、仲良くなれそうな奴はいねぇかもな、って思ってたんだ。
すっげぇガリ勉の理系タイプ、頭が良くてマッチ棒みたいなのと、あとは女のケツばっか追いかけてそうな感じの奴ら、そんなのばっかりで話合わなそうだなと。っていうか、俺が浮きまくってた。でも、まぁ、親父の仕事を継げればそれでいいわけで、別にここにはオトモダチを作りに来たわけじゃねぇから。
新生活は勉学と、和臣と、それと――これ。手芸。
「やべぇ、ここ天国かよ」
思わず呟いた。
テーブルの上には好きなだけ布を広げてる。部屋で手芸し放題。実家住まいだった時も別に親は勝手に部屋へ入って来たりしないから、手芸してたけど、なんつうの? 開放感? フリーダムな感じ?
「にしても、和臣おせぇ……」
実習が時間かかりそうだから、いつになるかわからないって言ってたけど。こりゃ確かに遊んでるヒマねぇわ。飲み会とかで騒いでる時間とかほとんどなさそう。
「あ、そうだ。写真、アップすっかな」
和臣との初デートで買った布を部屋に並べてイメージを作ってた。それをつま先立ちで、できるだけ真上から写真に撮って。
「……おし」
何作ろうか。これ使って。さすがにこたつカバーみたいな大作はちょっと尻込みするし、そもそもそれを部屋に置くっつうのも乙女っぽいよな。あ、っつうか、クッションカバーとか良くね? サイズ的にも手頃だし、それにそしたら、和臣とおそろとかさ。
「ついに……パッチワーク……挑戦……です、と……」
やる気満々な感じがする絵文字と一緒に今撮ったばっかの写真をツイッターにアップした。
「あ、コマメさん反応はやっ!」
――すごーい! パッチワークやりたいって言ってましたもんね! 青ベースなんだぁ。ちょっとクール系?
「あ……」
言われてみれば、選んだのは女っぽさはないかもしれない。いつもはぬいぐるみとかだから、手芸作品っていう感じが強くて、男女どっちかにイメージが偏ることってあんまりなかったんだ。作って、満足っていうか。それに、今回は和臣と一緒に布選んだから。
「……」
なんとなく布選びに男っぽいとこが出たのかも。そもそも色のベースが寒色系だし。
「…………」
ちょっとドキドキした。その単語を打つのに、ちょっとだけ身構えた。
――彼氏に、作ってあげようかな、って。
クッションカバー。お揃いでさ、俺のと、和臣のを作ってみたらどうかなって。
――え? ケイトさん、彼氏? 彼氏さん?
「ぐほっ!」
――あ、うん。最近、付き合い始めて。
――マジでー! 知らなかった! 一時期、ツイッター出没してなかったのは、さては! 彼氏さんと!
「ウホッ、そこはちげぇけど! 俺、受験勉強に集中してただけだけど!」
なんとなく、俺はネットの中では手芸好きのOL設定だからさ。受験だったってことは一切ここには書いてない。
――そういうわけじゃないんだけど。
――そかそか。いいよ! 可愛い! お揃いのクッションカバーとか、すっごくいい!
――ありがと。
やべぇ。ほっぺた、めちゃくちゃあっちぃ。
だって、ほらタイムラインが賑やかになった。ケイトとコマメさんの会話を見かけた他の手芸仲間がパッチワークの写真と、あと彼氏のことも祝ってくれて、照れるじゃん。嬉しいし。熱くてさ。手でほっぺたの熱を下げながら、ひとりでにやけて仕方ない。
「あ」
そこに和臣からメッセージが来た。あと、数分で着くって。時計を見れば、もう夜の九時になるところだ。こんな時間まで実習なんて、すげぇな、うちの大学。おにぎり、作っておいて正解だった。食えるのかどうか、もしかしたらもう夕飯すましてるかもって思ったから、おにぎりなら、そのまま明日の朝飯にもなるだろうからって、作ったんだ。いらないかもしんねぇけど。余計なお世話かもしんねぇけど。
ピン、ポン。
チャイムが鳴った。少し間のある音が、そっと押したって気遣ってくれてるって教えてる。
「はーい」
「悪いな。こんな時間に。明日にしようかと思ったんだけど」
「え、いいって。九時消灯って、今時の小学生だってこんな時間に寝ねぇよ。野菜ちょっと待って、あ、あ上がれば?」
ダセぇ。すんなり言えたらいいのに、上がれば? の一言をいうのに身構えてつっかえた。
「……いや、まだ今日やった課題のまとめやらないと、だから」
「あー、そっか」
ホント、ダセぇ。今度はしょんぼりした声になった。仕方ないだろ。こんな時間まで実習だったんだぞ? そんで、これから帰って、習ったことをまとめないといけないのに、がっかりされたってうざいだろうが。
「飯は? 食った? あ、もしよかったら、これ、持ってけよ」
おにぎりを布で包んで紙袋に入れてやった。チャリなんだろうから、やっぱ、おにぎりにして正解だったな肉じゃがだったら、和臣が帰り着く頃には煮汁でびちょびちょだ。
「……ぇ?」
「おにぎり。本当は肉じゃがしてやろうかと思ったんだけど。食ってるかもって思ったから。それはまた今度な。これなら片手で食えるから楽だろ? あ、でも、勉強しながら食うと消化悪いからやめ、ン……っ」
おにぎりを差し出すと、和臣が手を伸ばした。けど、その手は紙袋を通り過ぎて、俺の首を掴んで、自分のほうへと近づける。
そんで、キス、してくれた。
「ンっ」
唇が離れる時、ちゅ、って音がした。その音にさえ身震いしてしまう。ディープキスじゃないのに、ドキドキして身体が熱くなった。
ベロは入れてもらえなかったけど、でも、おにぎりと間違えたみたいに、唇を噛まれたのが、すごく刺激的だったんだ。
「ごめん。なんか、めちゃくちゃ嬉しい」
「あ、謝んなよ。俺が勝手にしたんだから」
「大事に食べるよ。あと、野菜、おばさんにありがとうございます。いただきますって、言っておいて」
「お、おおお」
俺の返事がおかしかったらしい。和臣はクスッと笑って、俺の、まだ風呂前だったからバリバリにセットされてる髪をくしゃくしゃにした。
「早く風呂入って寝ろよ。おやすみ」
もう風呂入るんだからかまわないだろって感じに髪を掻き乱して、俺の心臓をバックバクにさせるキスと笑顔をくれて、立ち去った。
「……やべぇ」
今日は一日会えなかったから、たったの数分でも和臣と二人っきりで話せたことが蕩けるくらい嬉しかった。目を閉じ、ベッドに寝転がる。そして、和臣がくれたキスをなぞるように指で、自分の唇を引っ掻いて、うずくまっていた。
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