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第22話 非行少年

 キスは、した。けど、そこから避けられてる。  優秀な和臣は実習なんてサクサク終わらせてたのに、俺にはその実習のせいで帰りが遅くなるし、課題もあるから会えないってウソついてた。  考えりゃすぐにわかるのにな。  バカな俺にもわかりやすく勉強を教えられて、模擬試験だって作れるなんてさ。頭良いだろうが。 「その相手って、あの、建築の先輩?」 「……え?」  よっぽど悲しそうにしてたんだろうな。いや、駅前でひとりこの見てくれの男が泣いてりゃ、どうしたんだって思うだろ。  仰木がファミレスに連れて来てくれた。駅前の混んでるところじゃなくて、あんま人がいなさそうな少し駅からは離れたところにあるファミレス。ここなら、泣いても、愚痴っても、話を他の誰かに聞かれることはないだろうからって、笑ってくれた。 「ぁ……えっと」 「いいよ。俺、ゲイだから」 「あぁ……えっ?」 「ゲイ」  仰木が明日晴れるよ、みたいなノリで言うもんだから、聞き返すと、もう一回苦笑いを浮かべながらはっきりと告げる。 「集まるところには集まる、ってやつなのかもな」 「ぇ、仰木って、ゲイ……なのか?」 「正確に言うのなら、バイよりのゲイ」 「……」 「女もいけるけど、基本、男のほうが好き」  さらりと言われて、思考があんま追いついてなかった。  仰木は冷静で、「へぇ、あの人もそうなんだな……」って呟くと、窓の外を見て目を細めた。こいつもゲイなのか。そっか。わかんなかったな。って、和臣も普通に接してるだけだったらわからなかった。好きだと自覚した時点では、恋愛対象が女なんだと思ってた。 「でも、剣斗はノンケだろ?」 「……え? なんで、そんなん」 「わかるよ。さっき、駅前でもそう、あと、この前の実習時もそう、なんか、無防備すぎる」  無防備ってなんだよ。泣いてたことがか? わからなくて、怪訝な顔をすると、身を乗り出して、とりあえずで頼んだドリンクバーを端へ寄せた。 「男に襲われるぜ?」 「!」  そして、顔を近づけるから、何か内緒の話をするんだと、俺も前かがみになったところで、低い声がそう囁く。 「は、はぁ? お前、何言って!」 「自分が男から恋愛対象に見られるとか、思ったことないだろ?」 「ね、ねぇよ! そんなん!」 「ノンケだからな。自分が男をその気にさせるかもとか、考えたことないよな」 「ねぇよ……そんなん」  そんなもんねぇよ。男のその気にさせる色気なんてもの持ってない。あれば、よかったのに。それがあれば、和臣だってその気になっただろ? けど、キスをされたっきり、それ以上のことはなにひとつないんだ。それどころか避けられてる。そんな俺に色気なんてあるわけがない。 「剣斗って、ドーテー、ショジョ?」 「ぶほっ! ゲホ! おま、何言って」  飲もうとしてたウーロン茶を噴出すところだった。慌てて口を抑えて大惨事を堪えたけれど。そんな様子を見て仰木が目を細めて笑う。 「なら、ダメかもな」 「……え?」  ニヤリと笑って、仰木が肘を突きながら、また身体を前へと倒した。きっと、あんま周囲には聞かれたくないゲイ関係の話なんだろうと、俺も身体を前へと倒す。 「男同士のセックスって、相手が女のそれと違って、色々あるんだよ。それが処女ともなるともっと面倒」  孔が違うからなって低い声が囁く。だから最初から気持ちイイなんてことはまずない。慣らして、慣らして、慣らさせて、それプラスでまだ前準備がある。 「けっこう付き合い短いのが多くて、遊び人だったんだろ? それなら、そんな手間のかかる処女は面倒になったんじゃね」  言われて、心臓の辺りがズンと重くなった。あぁ、あの時がそれかもって。そんなのが表情に出てたのか、仰木が心配そうにこっちを覗き込む。 「なんか、思い当たった?」  ディープキスひとつでうろたえて、クラクラした自分。キスだけじゃない、両想いでさえ初めての俺はあいつにしてみたら、前準備どころかキスからして面倒なドーテー処女、だったのかもしれない。そう気が付いた。 「俺は気にしないけどね。ドーテー処女とか」  遊び相手みたいな、セフレとかだったら、そんな慣らすのだってしなくていいんだろうし、前準備だってお手のものかもしれない。俺とするよりずっと楽で、そんで、気持ちイイかもしれない。 「なぁ、剣斗」  和臣が他の誰かと――。 「俺に乗り換えたら?」 「……ぇ?」 「俺、けっこうお前のこと気に入ってる。付き合ったら長いよ。俺ら話もあっただろ? 気兼ねしなくていいし、タメで、学科一緒ですれ違うこともないだろうしさ」  俺が、和臣以外の誰かと――。 「何より、ウソはつかない」 「……」  俺が、和臣以外と?   想像できない。考えられない。けど、仰木の言葉がその真っ白な頭の中に入ってくる。そうしちゃえばいいだろ? って。  和臣が俺のことを好きだと言ってくれたのは嬉しかったけど、でも、俺相手じゃ物足りないんだって。キスひとつでクラクラしてるような不慣れな奴とじゃセックスも一苦労だから、もっと簡単なほうが。 「お前のこと、大事にする」 「……」  避けられてたんだ。ウソ、つかれてた。会いたくないってことだろ? じゃあ、もう無理じゃん。もう、ここで。  ――大事にしたいと思った。  もう、ここで終わり。  ――お前のこと、大事にしたいって、思ってる。  終わり? 「なぁ、剣斗、まだ付き合って間もないんだろ? なら」 「俺はっ!」  バチーン!  車とか何かが衝突でもしたのかと思った。 「え? は? 和臣?」  その衝突したものは、和臣で、そんで、硝子窓にものすごい顔して張り付いてる。何、その顔。 「ちょ、おい! 和臣?」  鼻の穴全開で、真っ赤な顔した和臣が俺をすげぇ睨みつけながら、店内入り口のほうへと歩いていくのを、硝子に張り付いて見てた。マジダッシュしてたのか? 鼻息が荒すぎて、あいつがいなくなった後の硝子が二箇所だけめちゃくちゃ曇ってんだけど。 「剣斗ッ!」  すげぇかっこいいんだ。和臣ってさ、遊び人だっただけのことがあって、建築のおかめも目玉をハートマークにするくらい、普通にイケメン。今風のイケてる感じなのに、そんなの無視して、ゼーハー言いながら、ほら、さっき駅から降りてきた時の憂いの表情とかどこいったんだよ。もうただの雷親父みたいな剣幕。 「何やってんだ! お前っ! 帰るぞ!」  そんで、雷親父みたいに雷を落としてく。 「これ! うちの分!」 「え、ちょ」  突然現れた和臣に唖然とした仰木の近くにバーン! と千円札を置くと、俺の腕を掴んでそのまま連行だ。 「ったく!」  それは非行少年が親父に雷落とされて、そのまま保護連行の図。けど、俺にとっては、彼氏が、余所見した俺を連れ帰りにやって来た、ドラマみたいな光景で、掴まれてる腕の痛みすら嬉しかった。

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