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第23話 世界一、痛かった
俺の手を掴んだ手が強くて痛かった。きっと振り払おうとしても無理だと思う。そんくらい強い力で俺を捕まえてる。
和臣の背中が怒ってる。
「なぁ、和臣」
ウソつかれてた。実習頑張ってんだと思って応援してた俺にウソついて、どっかで酒飲んでた。もしかしたら、他の男とイチャイチャしてたかもしんねぇ。つまりは、浮気。
「どこ、行ってたんだよ」
「……」
俺は、そんなことされたら自分が激怒すると思ったんだ。ふざけんじゃねぇって、胸倉掴んで、どつくいきおいで問い詰めると思ってた。
「和臣はすげぇ優秀だから、実習全然終わってるって聞いた」
「……」
「でも、俺には実習で帰りが遅いって、ウソついてた」
実際には問い詰めるなんてできなくてさ。
「今日、どこ行ってたんだよ。お前、チャリで大学行くはずなのに、なんで駅から出てくんの?」
「……」
「和臣」
不安とあと怖いのと、色んなものが混ざって、怒る余裕なんてない。和臣の本心を聞くことに身構えるので精一杯だ。これから言われるかもしれない言葉に食らうダメージに肩を竦めそうになるだけ。
「俺のこと……」
「ビビったんだ」
「和臣?」
「ビビって、躊躇ったんだ」
俺の手を掴む手が、また少し力を強くした。
「剣斗と出会うずっと前に、すごく好きになった人がいた。去年のことだよ」
あ、って思った。
思い出したのは、和臣と一緒に行った初詣のこと。地元で、和臣の知り合いらしい女が話しかけてきたんだ。帰省してるんだったら連絡してくれって。ずっと帰って来てなくて、去年は一回も帰って来なかったから、どうしてるかなぁって話してたんだって。
その時に和臣が微妙な表情をした。
俺は、あの地元の女がイヤとかでそんな顔をしてるのかと思ったけど、そうじゃなかったんだ。
「うちらの地元田舎だろ? ゲイバーなんてものもないし、カミングアウトもできなくて、大学入ってから、初めて、その人と付き合うことになった」
別の意味で身体に力が入る。浮気されてたとかの痛みに身構えるんじゃなくて、過去の、和臣が好きになった俺以外の人の話を聞かされるんだと、肩が力んだ。
それを感じ取ったのか、和臣が苦笑いを零して、でも、そのまま話を続ける。
「夢中だった。その人しか見えなかった」
帰省なんてしてられない。あの人を追いかけてることに夢中で、それどころじゃなかったんだと、話す声が寂しそうだった。
「でも、終わった」
「……」
「呆気なかったよ。あの人が、一言、しつこい、って言って、それっきり」
たった、その四文字で、無我夢中で追いかけてた熱が消されてしまった。水をかけられて、はい、おしまい。
「強制的に終わったから、きつくて、しんどくて、後悔した」
マスターが和臣は誰とも長く続かないって言ってたのはたぶんこれのことだ。
「恋をして、結果、後悔しただけだった。だから、その反省を踏まえて、もう恋愛はしないことにした」
遊び人って言ってたのも、たぶん、このこと。
「あぁ初めてだったからあんなに夢中になったんだろうなぁって。初恋は実らないっていうのはこういうことなんだと思ったよ。何もかもが初めてだから、冷静になんてなれるわけがない。ずっとバカみたいに必死で、周りのことなんて見えやしない」
長く続けようとしないって、言っていた。
「剣斗もそうかもしれないと思った。周りのことなんて」
続けるのも、必死になるのも、結果、痛かったから、傷ついたから、ビビってる。
「見えてないんじゃねぇよ」
和臣が目を丸くして、そして、少しだけ俺の手を掴む力が弱まったから、俺はその隙を見逃さずに、今度は繋いだんだ。手を、しっかりと繋いで、指絡めて、離れないようにした。
「和臣のことばっか見てるだけだ」
「だから、それがっ!」
痛いから、怖がってる。
だから、繋いだ手を引き寄せて、もう片方の手で胸倉を掴んで、そんで――。
「っ!」
思いっきり、頭突きしてやった。
「っ…………っつぅぅぅ、おま、何、急に」
「うっせぇよ!」
カチ割れるかと思った。
「いてぇぇだろうが!」
「はい? お前が、いきなり頭突きを」
「今のが、いっとう痛かっただろうが!」
「……」
頭カチ割れて、脳みそ出るかと思っただろ? ほら、頭突き食らった直後、割れたかと思って掌で額のとこ押さえて出血確認してる。
そんくらい痛かっただろ。
「今のが最強にイテェだろ」
「……」
「だから、もうこれ以上痛いことなんて起きねぇよ」
イヤな思い出も、怖かったことも、しんどかったことも、全部ぶっ飛んでくくらいに頭突きしてやった。
な? これで、その初めての傷が可愛く思えただろ?
「…………っぷ」
「なっ! なんで笑うんだよっ!」
「だって、お前、ホント、奇想天外っつうか」
笑って、泣いてやがる。イタタタって小さな声で呟いて、俺と激突した額を掌で押さえて、しゃがみこんだ。そして、溜め息をその足元に落っことす。
俺も追いかけるようにしゃがんで、視線を同じところにしたら、目が合った。眉を上げて和臣が笑って、そして、俺と手を繋いでくれた。温かい手が触れ合って、指先が優しく俺の指の関節をなぞる。
「っつうか、ウソつかれてすげぇ、俺」
「ごめん」
「……考えたんだからな」
「お前が告白してくれた時と一緒だな」
優しくて、甘い、俺の知ってる彼氏の声だ。
「もう一歩踏み込むことにビビってた。でも、剣斗を放してやれるわけでもなくてさ」
「……」
「ごめん。でも、もう躊躇わないから」
「おぅ」
手がやんわりとだけど、しっかりと俺を引っ張って、引き寄せる。
「剣斗」
「っ」
引っ張られた先には和臣がいて、キスしてくれた。久しぶりにちゃんとキスできて、嬉しくてたまらない。
「今夜、うち、泊まれる?」
「!」
「泊まってって」
触れるだけのキスをしたら、今度はデートをしてくれた。デートをした帰り道にディープキスをした。そして、その次は――そこで止まったけど。
「……剣斗」
今日はその続きから、始める。ディープキスの続きから。
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