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第27話 あまじょっぱい
すごかった。
初エチ、すごかったです。
なんだこれ。め、め、めめちゃくちゃ気持ちよかった。初っ端から気持ちよかったけどさ、キスだけで完勃ちしてた。処女は気持ち良くなれねぇっつったの誰だよ。
あ……ゲイのふたりだったわ。仰木と和臣。
なのに、超初心者でゲイでもない俺がこんだけ気持ち良くなってるってどういうことなんだ。
あー、そっか。
つまり、仏頂面で声のかけづらさ百点満点の仰木は経験値がないから処女相手で気持ち良くさせる方法を知らなかっただけ。和臣は遊び人だったから、セックスが俺みたいな初心者相手でも上手いっつうこと。
「なるほど」
「なるほど? どっかしみたりしたか?」
湯船にふたりで一緒に浸かってる。狭い風呂場だから後ろから抱きしめるような格好が一番スムーズに浴槽の中にいられるわけで。甘々カップルのイチャイチャ事後って感じ。その中で、優しい声で問われて、甘いけど切なさも感じたりして。
だって、この優しい和臣が無我夢中で追いかけた奴が世界のどこかにひとり、いる。それが、あの、ぬいぐるみの人。
「剣斗?」
痛くねぇよ。しみてない。気持ちよすぎて腰砕けだ。そんで歩けなくなった俺は身体も洗えないかもと、本日二度目のお風呂を和臣と一緒にしてた。なのに、初エチ気持ち良かったっていう感想から、ぐるぐる回って、和臣の大好きだった人に繋がる。
「お前って本当にわかりやすいな」
後ろからきつく抱きしめられた。すげぇ強い力でぎゅっとされてるのに、甘くて気持ちイイ。
「な、んだよ。わかんのかよ」
「わかるよ。俺の初めての人のこと、考えたんだろ。どうせ、初めてですっげぇ、気持ち良かったけど、それは俺が遊び人だからで、そんなかっこよくてモテすぎちゃって引く手数多で、百戦錬磨で、セックス上級者が大好きだった人がどこかにいるんだな。もしもそいつが戻って来たら、あまりにカッコいいうちの彼氏とより戻したいって言い出すかもしれない。取られちゃったらどうしよー。カッコよすぎて、あいつもこいつもうちの彼氏を狙ってる気がする。あぁ、なんでこんなにかっこいいんだろ」
背中を抱きしめるだけでそんなことも伝わるのかよ。けど、その答えに笑った。
「ぶほっ」
「おい、笑うな」
笑うだろう。
「思ってねぇよ! バーカ」
「こら、夜の十二時近くにでかい声で風呂場で暴言吐かないように。うち、高級マンションじゃねぇから」
「思って、ねぇよ」
うるさくならないように、そっと小さな声で言い直した。思ってない。ぬいぐるみの人が現れて、和臣に惚れ直すことはあるかもしれないけど、ヨリはきっと戻らない。だって。
「思わねぇ……よ」
背中を捩って、チラッとおねだりの上目遣い。
「ン……」
そのおねだりに答えてくれる、うちの彼氏。今、自分は彼氏だっていっぱい言ってくれた。それがやたらと嬉しいから、耳にすごく残ってる。腕の力と、肩に乗った和臣の重さ、声の優しさが教えてくれるから、そんな不安が逃げていく。
「舌、入れてもいい? 舌、入れるキスしたい。和臣」
「お前のおねだりって、最強に可愛いな」
「ン、んん」
俺はさ、こう、思ってる。世界一カッコいい彼氏と、最強に可愛い俺。そんなベストカップルの間に入り込めるわけがないって、そう思ってるよ。
「バカ! ふざけんな! 服寄越せよ」
「だーかーら、ここ高級マンションじゃないから、そんな大きな声での暴言はお控えくださいって」
風呂からちょうど真っ直ぐ見える場所にベッドがあって、和臣はそのベッドに足を組んで余裕の笑みで頬杖までついている。
「ないんだって。なくなっちゃったんだ」
「そんなわけあるか! なんで、お前んちはズボンがねぇ部屋着ばっかりなんだよ!」
俺は、その風呂場の入り口から顔だけ出して、夜の十二時に暴言を吐いている。
「仕方ないだろ。ないんだから。気にするなよ。さっき、もっとスケベでヤラシイ姿見てるよ。秘密の場所までがっつり見ました。エッチな孔で」
「ぎゃああああああ! おま、おま、おまっ、バカだろっ」
言われるとすごく恥ずかしくて、慌てて飛び出して、その余計なことを言いやがる口を手で覆った。ノーパン、ノーズボン姿で。
「捕まえた」
「ちょっ」
「ほら、早く布団入るぞ。そんな格好なんだから風邪引くぞ」
「ならズボン寄越せよ」
「はいはい」
「ちょ、おいっ」
そして、まだ下半身丸出し、いや、部屋着の裾でどうにかギリ隠れてるけど。でも、両手をあげたら、見える。こんばんはってなる。
「はぁ、面白い」
「んなっ、なんだと」
普通ここは萌えとか、男のロマンとかじゃねぇのかよ。なんだよ。面白いって笑いながら。
「だって、お前、顔真っ赤で必死なんだもん」
笑った顔が優しかった。あと、すごく嬉しそうで。
「俺、初めて知ったわ」
「? 何が?」
「けっこう好きな子をつつきたくなるタイプなんだな……」
穏やかで、安心してる顔だ。
「ゲイって、隠してたからさ」
「……」
「好きな人ができても、ずっと抑えてた。バレないように、好きになったら、そいつから距離取るようにしてた」
「……」
そんな笑顔でそんな切ないことを言って、眠そうなくせに、俺を抱きしめる腕の力が強くて。甘くて切ない。
「だから、そういうの気がつかなかったわ」
「バカ……」
「だからさ、お前に話した初めての人に夢中だった」
「……」
「初めて好きだってことを隠さなくてもいいから嬉しかったんだ」
甘いけど、しょっぱい。
「ごめん。ぬいぐるみだけは、とっておいてもいいか? 悪い思い出でしかなかったけど、今はお前のおかげで良い思い出に変えられる気がする。あの時があったから、今、本当に好きだって実感してる。それにあのぬいぐるみはお前と繋げてくれたわけだから」
「……うん。いいよ」
「……ありがと」
ぎゅっと、俺も抱きついた。
百戦錬磨のカッコいいうちの彼氏のカッコよくない無防備な寝顔を、独り占めしたくて。
「おやすみ、和臣」
「……ん」
ぎゅっと苦しいくらいに抱きしめながら、そっと名前を呼んだけれど、腕の中にいる和臣は、もう、寝てしまった後だった。
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