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第28話 欲張りの欲しがり
好きって言えたらそれでいいって思ってた。
けど、好きって言ったら、ほんのわずかな希望を持った。俺のこと好きになってくれたら、って。
そんで、好きになってもらえたら、遊びじゃいやになって、目移りなんてして欲しくないって思った。
恋は、なんだかとても欲張りだ。
「……綺麗だな」
「和臣? 起きた?」
俺は、朝のアラームが鳴るよりも早く目が覚めた。初めてのセックスは気持ちよくて、嬉しくて、幸せで、なんかぜーんぶ良いことだらけすぎて夢みたいだったから、少し疑ったんだ。夢だったんじゃね? って思って、早々に起きて確かめた。
夢じゃなかったんだって。
ちゃんと隣で寝ている好きな人をじっと見つめて、ちょっとだけ肩んとこを突付いて実在していることを確かめてから、カーテンを開けた。
「ホントだ。すっげぇ、綺麗な朝焼け」
そしたら、なんか夢にしか思えない色をした空が広がっていた。
端っこが薄っすらピンク色でさ、そこからゆっくりオレンジ、水色って、色が変わっていく。とても綺麗な色をした空。
「綺麗つったのは……そっちじゃないんだけどな」
「?」
「なんでもないよ。それより、身体は? きつくない?」
けっこう寝ぼすけなのか? 和臣はまだ起きたくなさそうに横になったままだ。
「あー……」
「痛い?」
「いや」
もういっこ、起きた瞬間、あぁ、あの初エチはウソじゃなかったんだって思える理由。
「なんか、まだジンジンするっつうか、和臣が中にいるみてぇ」
「そりゃ、剣斗は初めてだからな。切れたりはしてなかったけど」
「切れたり、って、なななな、なんか」
「切れるでしょ。そこ、セックスするための場所じゃないんだから」
「そ、そうだけど、でも」
むくりと和臣が起き上がるだけで、そのアッシュブラウンに染められた髪にくっついた寝癖でさえ、俺をドキドキさせる。
「でも、俺、気持ち良かった」
「……」
「あと、今、ジンジンしてるのも、実は嬉しい」
ドキドキして俯いた。そういえば、俺、下すっぽんぽんだっけ。和臣の部屋着の上しか着てなかったんだ。
「和臣としたんだなって思えて、あと、和臣が中にまだいるような感じとかも、けっこう、嬉しかったりするから」
「……」
「だからっ、……ン」
齧り付くようにキスされて、朝イチにするキスにしては濃厚でがっついてて、無防備なすっぽんぽんな下半身がちょっと、ほら、ジワジワ熱くなっていく。
「ン、ん……んク」
昨日、あんなにいっぱいこのキスもしたのに。
「あ、ふっ……っ、ン」
まだ、もっとしたい。
「和、おみっ……もっと」
下のすっぽんぽんが見えないように服の裾を手でグンと伸ばして隠してた。その手がキスで火照ってきたせいで、ぎゅっと力を込めている。ここ、自分でめくって、そんで誘いたい。朝焼けすげぇ綺麗だけど、ジンジンする和臣がいた場所が、また、欲しがってる。本物が欲しいって。
「っン」
唇が離れる時、チュパって音がした。
「和臣?」
「ったく」
「? 続き、しねぇの?」
「しません」
「えっ? なんでっ!」
「大学があるからです」
「あっ!」
くそ、そうだった。っつうか、今日、実習のレポート作らないとだった。魔の鈴木レポート。まだ、初回。こっから平均七回は試練を乗り越えないといけないんだった。
「だから、ダメです」
「くっそおお」
「ほら、支度」
先にベッドを出たのは和臣だった。俺は、あとででいい。下、見えちまうから。
「なぁ、今夜こそ、肉じゃが、作ってやろっか?」
「マジで?」
「おぅ。芋、めっちゃ入れてやっから。そんで、胃袋掴んで、メロメロにさせる」
「……っぷ、お前のそういうとこもすげぇ好きだよ。もう充分メロメロだし。ホント……」
その瞳には俺が映ってた。
「ホント、好きだよ」
もう、たくさん、好きって言ってもらえてるのに、最初はその「好き」ひとつで世界中駆け回れるくらいに嬉しかったのに、今はもっと言って欲しいなんて。
「俺も」
恋はやっぱり欲張りで、欲しがりだ。
同じ男としては少し情けないけど、和臣のほうがちょっとだけ、ほんのちょびっとだけ、背が高い。いや、俺の場合はあれ、お袋がちいせぇから、そのせいだ。すげぇ華奢で小さくて、親父が言うには学校のマドンナは儚げ、なんだそうだ。いや、あの人けっこう力つえぇけど? あの細さで十キロの米二つ抱えて、マジダッシュで小学生だった俺のこと追いかけまわしてたくらいだから。
そんなわけで和臣と俺じゃ服のサイズが違うから、着替えに自分の部屋に一回帰らないといけなくなった。でも、きっとサイズが合ったとしても、和臣の服は俺には似合わなくて着れない。
和臣も絶対に着て外出るなっていうし。
「うわ、すげぇ、ホント上手だな」
俺は話しながらいそいそと着替えてる。
ほら、和臣は爽やか大学生風ファッションで、ヤンキーカラーの金髪はちょっとちぐはぐだろ?
それに、やっぱ、和臣んところにある、「質感ふんわりキープ、一日中崩れないのに触り心地さらり」なワックスじゃ信用ならねぇ。もっと、こういう「崩れ知らずの激ハード!」系ワックスじゃねぇと。
「あー、それ? どう?」
和臣がじっと見つめてるのは作りかけのパッチワークキルト。
「あ、俺が選んだ布」
「うん。それすげぇ可愛い。両方たくさん使ってる」
朝飯は和臣のうち。
そこから、散歩がてら歩いてうちへ来た。和臣の引く自転車のタイヤが鳴らすカラカラって音が呑気で楽しかった。
「おし、これでバッチリ」
さすが「崩れ知らずの激ハード!」ガッチガチに固まった。
「行こうぜ! 和臣、遅れちまう。あーそうそう、あのさ、肉じゃがはしらたき入れる派? うち入れるんだ。あ、あと、煮物甘め? うちは」
「剣斗」
「ぁ?」
玄関で靴を履いてた。声をかけられて、振り返ろうとすると、扉の方を見てて、って言われた。
「ン」
そしてうなじにキスがひとつ。肌がチリっとする感じの。これは昨日たくさんしてもらったキスのひとつだ。唇じゃなくて、このキスは。
「え、ぁ、これって」
「虫除け」
胸とか、首筋とか肌にたくさんしてもらったキスで、これをされると、そこに印が残る。
「見えないよ。ギリギリんとこだから」
「……ぇ? なんで」
「あの一年への無言のアピール」
「……」
「剣斗は俺のだから、手を出さないようにって、ツバ、つけさせて」
恋は欲張りで、欲しがり。
「俺、けっこうヤキモチやきらしい。ほら、剣斗行くぞ」
恋はひとりじゃできなくて、相手がいるわけで、俺が恋して欲しがりになるように、和臣も恋をして欲張りになったらしい。
「あ、あと、しらたき入れる派で、味付けは剣斗の好きな味のが食いたい」
俺たちは、恋をしてる。他所に目移りなんてしないで欲しい。だから、和臣も俺をじっと見つめて覗き込むのかなって、嬉しくなった。
「りょーかい!」
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