29 / 151
第29話 コトコト、イチャイチャ
――今夜どうする? どっちのうちでもいいよ。剣斗の好きなほうで。
――帰りにスーパー寄りたいかも。
――そしたら、剣斗のうちの方がいいかもな。
――うん。わかった。それじゃあ、大学終わったら。
「うわぁ、すげぇ、自己主張」
学食で和臣とメッセージのやりとりをしながら昼飯の最中だった。今夜の宅デートのこと。そこで、いきなり後ろから声をかけられて、文字を打つ手を止めた。
「仰木」
「それ、すげぇ」
仰木が自分のうなじを指差して、そこと同じ箇所にある今朝つけられた印のことを言っている。
「あー……」
彼氏がいますっていう印。
「ごめん」
「完全に俺、フラれた?」
「……ごめん」
「昨日もダメージ食らって、今朝、しんどくてさ」
たしかに今朝、仰木はいなかった。昨日のことを話そうと思ってたんだ。ごめん。俺、和臣がいいんだ。って謝ろうと思っていた。話聞いてもらった礼と、好きって言われたのに、好き同士になれなかったこと。自分が和臣に片想いをしていたから、あのカテキョの時、年末から四月までずっと。だから、その切なさを知っている。
目の前に座った仰木の表情を見るのが辛いけれど、仰木のほうがもっと辛かったと思う。けど、それでも、俺はやっぱり。
「……ごめ」
「なーんって、今日午前いなかったのは別にフラレたショックのせいとかじゃないから」
「!」
「っつうか、俺、あきらめてねぇよ? そのうなじのキスマ、普通にしてたら見えないけど、覗き込んだら見えるくらいのギリギリ。俺に見せびらかしたかったんだろ?」
「……はい?」
何かを切望する表情、だったはずが頬杖をつきながら、にっこりとした笑顔になった。俺はついていけてなくて、ただポカンとするばっかで。
「でも、気にしない。お前もそうじゃね? 会えてなかった三ヶ月を経ても、まだ諦めずに告白した。ほら、俺ら性格似てる。だから、俺らが付き合ったら、色々合うと思うんだわ」
「あ、あのさ」
「あ、ちなみに待つなんて、そんな乙女なことしねぇからさ、俺」
「ちょ、あの、そんなん言われ」
「今夜、大学で待ってて、帰りが早くなるように昼前までに課題終わらせたから」
トン、って指でテーブルをノック一回。和臣だ。
「そんで、こいつのことは諦めて?」
和臣がにっこり笑顔で爽やかに仰木の横恋慕を遮った。
「諦めないっすよ。俺、剣斗みたいなの好みなんで。俺、遊び人じゃねぇし」
「……」
「こう見えて、一途なんで。そういうとこも、剣斗と一緒でしょ? それにけっこうウソって響くんすよねぇ。どんな些細なウソでも、ウソはウソ。小さくてもそういうのって心に残るんですよ」
ウソ、和臣が実習とウソをついたことだ。
「ずっと待ってた。あの晩は駅でだったけど、剣斗はずっと待ってましたよ?」
言いながら、ゆっくりと仰木の表情が本気のそれに変わっていく。
もう気にしてない。ウソつきたくなるほど、和臣の初恋はしんどかったんだ。あのぬいぐるみを大事に、穴が空いたら、ぶきっちょながらにも一生懸命に直すくらいに、和臣の初恋はでかい。でかいから残る傷も比例してでかくなる。
「それなのに、ビビって酒飲んで、ウソついて。きっとそのうちそれがわだかまりになって、疑惑が生まれる」
「いつか俺のウソがわだかまりとして残っても、剣斗が不信になったとしても、俺の気持ちは変わらない」
そう告げる和臣の声ははっきりと、真っ直ぐに淀みのないものだった。
「あ、あのさ……」
俺の部屋に広がる肉じゃがの美味そうなにおい。ずっと作って食わせたくて、でも、色々あったから、作ってやれずにいた肉じゃがは今日はちょっと特別仕様にした。肉は外国産のだけど、新じゃがを使って、新玉ねぎはトロトロになりすぎるだろうからやめて、そんで、ほら肉じゃがって全体的に茶色いだろ? だから、今日は特別。
いんげんで彩りをプラスしてみた。
「和臣」
「んー?」
和臣は部屋に来てからずっと、今朝続きのパッチワークキルトを見つめてた。
「あの……さっきの、すげ、嬉しかった」
和臣の背中に向けて、そっと声をかけた。
「その、だから、俺も言っておいたほうがいいと思って」
今さら照れることでもねぇんだけど、でも、なんか肉じゃがのコトコトっていう音とにおいと、俺の部屋にいる和臣と、それと、昼の真剣な眼差しを思い出したりして、どんな顔も作れなくて。真っ赤っかだ。俯いて、後ろ手にキッチンシンクの縁を手で握って。
「不信になんて思わない」
「……」
「何回、和臣にウソつかれても、俺、きっと変わらず好きだよ。俺、一途だからっ」
「もう絶対にウソはつかない」
そして、俯いてる間に近くに来ていた和臣が首を傾げてキスをくれた。
「ン……和臣」
覗き込まれる感じに胸のところが甘くとろけて、そんで、くすぐったい。
「和臣」
「好きだよ」
知らなかったけど、和臣はよく好きだって言う。俺はそう言われる度にキスと同じくらいのくすぐったさを感じるんだ。
ウソは消せない。過去のしんどかった初恋ももちろん消せない。けどさ、こうしてたくさん俺らが笑ってイチャついてたら、そんなきつかった思い出はどんどん上から重なっていく楽しい思い出に圧縮されて、きっと。
「あ、俺も、すげぇ、好」
ぐー。
「! ごめっ、こ、これは!」
いきなりこのタイミングで豪快に腹がなった。カップルのイチャイチャムードにはちっとも合わない、すげぇ音量で胃袋が早く飯にしようぜって騒いでる。
「っぷ、早く夕飯にしょうか」
和臣が柔らかく笑った。
そして、また首を傾げてキスをしてくれた。
こんなふうにくすぐったくなるほどの甘いものが胸のうちにいっぱい積み重なっていったらさ、きっと、しんどかった思い出なんて、ぺっちゃんこのペラペラになっちまうと、思うんだ。
ともだちにシェアしよう!