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第30話 隣の策士
「はぁ、外もあっちぃな。なぁ、仰木、これじゃ連休中は潮干狩りじゃなくて海水浴できそうじゃね?」
「うわ、剣斗、潮干狩りすげぇ似合いそう」
「あ? 仰木、それ、どういう意味だ」
「獲ったあああ! って、めっちゃ喜びそうじゃん」
「だから、どう言う意味だっつってんだよ」
「可愛いっつってんの」
実習の中休み、鈴木からの厳しい新課題にヒーヒーしてる俺らは、この暑さにもやられ気味で、今すぐ、この作業服のまんま頭から水をかけられたいくらい。
「……でも、風がある分、まだマシかもな」
「普通に俺のアピールかわすなよ」
「普通にそこはかわすだろ」
それにしても今時期でこの暑さじゃ、ゴールデンウィークは真夏になっちまうんじゃね? 海水浴できたりして。あ、夏って、和臣と海とか行けっかな。行きてぇ。でもなぁ……あいつ海とか行ったら、ナンパとかすげぇされそうだな。脱ぐとすげカッコいいもんな。ほどよく筋肉ついててさ。
――剣斗、痛くないか?
セックスの始め、いまだにそう聞かれる。それが、なんかもどかしい。
いつも気持ちイイけどさ。いつも、気持ち良くさせられてるけどさ。けど、なんか、もっと、こう、なんつうの? 和臣が余裕っつうか、遠慮っつうか。
俺はいっつもしてもらうばっかでさ。俺だってあいつのこと、すげぇ気持ち良くさせたいのに。
――手でいいよ。剣斗。
フェラするっつったのに、あいつは手でいいって言った。けど、俺は。
「おー、良い眺め」
「! バッ! な、どこにいんだ、仰木! おまっ」
「どこって、覗き?」
気がつくと、仰木が俺の足元にヤンキー座りでしゃがみこんで、そこからパタパタと仰いでいたTシャツの隙間を覗き込んでた。慌てて、裾をグンと引っ張ったら、仰木が俺を見上げて笑ってる。
「だって、お前、艶かしい表情で、つなぎ半裸で、乳首見せたそうに仰いでたら、拝むだろう」
「んな! 艶かしい顔なんてしてねぇわ! つなぎ半裸ってなんだよ! ほら、Tシャツ着てるだろ!」
さらに慌てると、さらに仰木が楽しそうに笑う。
「好きな男が無防備に色気振りまいてたんだから、そら覗くわ」
「!」
「新しいキスマついてるし。本当、あの彼氏さん、ヤキモチやきっつうか。俺、かなり警戒されてる?」
「!」
「ラブラブ見せつけられてもめげないよ? 俺」
「……」
ラブラブ、なんだよな。昨日も一緒にいたし、一昨日だって一緒だった。セックスもしてる。けどさ。いつも一回だけ。気遣い、なんだろうけど。物足りないっつうかさ。
「何? やっぱ俺に乗り換えたくなった?」
「! な、なってねぇよ! っつつつ、つうか、ちけぇよっ!」
「ホント、近いから」
「ぎゃあああああ!」
二度、びっくりした。
考え事してたら、キスできそうなほどの距離に仰木の顔があって、仰け反りながら逃げて、仰け反った俺を受け止めるように背後にいつの間にか来てた和臣に、このあっつい中、腰に巻いてた作業服で包まれた。なにかと思っただろうが。心臓、もたねぇよ。
「剣斗、お前な、無防備すぎるっていっつも言ってるだろ? そいつが狙ってるってわかってて、どうしてそんなスケベな格好するかね」
「は、はぁ? 作業服がスケべなわけねぇだろ」
作業服はその名の通り、作業するための服で誘うための服じゃねぇよ。
「お前の場合はスケべなんだよ」
「んなっ!」
「ちゃんと自己防衛しとくように。実習頑張れよ」
和臣が爽やかに手を振って、自分たちのいる建築科の棟へと歩いていった。
そっか。この時間、和臣はどっか別棟で講義があんのか。この前も、同じ実習の中休みにここで仰木と喋ってるところに来たっけ。じゃあ、ここでこの時間に外に出たら、大学内の和臣が見れるんじゃん。良いこと気がついた。
「ホント、ヤキモチやきなんだな。あの人」
「そうかもな」
「なんだ、マジラブラブじゃんか」
ラブラブ、なんだけどさ。
「剣斗?」
ラブラブ、なんだろうけどさ。
「おーい」
ヤキモチも嬉しいし、キスマをつけてくれるのも嬉しい。けど、もっと、こう……なんだろうな。
――剣斗、好きだよ。
なんか、なんなんだろ。
「剣斗ー?」
あいつの言ってくれる「好き」はさ、どっか、まだ、遠慮してるっつうか。かしこまってるっつうか。願ってるっつうかさ。なんつうの? あいつ、俺のこと信用してないんかな。
あいつの言う「好き」は気持ちの意味だけじゃなくて、願いが混ざってるって、思うんだ。
「まだ、付け入る隙があるかも?」
仰木がニヤリと笑って俺の胸の内を見たいみたいに、じっとこっちを覗き込んで来た。
「ねぇよ」
あるわけねぇじゃん。俺の好きはそんなに軽くないし、そんな軽い気持ちで、ゲイじゃないのに、男の和臣を好きになんてならない。だから、あんなふうに心配なんてしなくたって良いのに。
「ま、いいや。この来週があるんだし」
「あ?」
何言ってんだ? 来週からはゴールデンウィークで……。
「あ!」
「あはは。お前、やっぱあんま聞いてなかっただろ」
――えー、それでは、連休の真ん中にある二日間、新入生歓迎会を兼ねた、一泊二日の就職合宿セミナーは実習で組んでいるペアのままでいいということで決定だ。
そう、鈴木が、ついさっき言ってた、ような気が。
「俺の実習ペアはお前だから、剣斗」
そんで、そのペアで宿泊の部屋割にしたらいいって提案を静まり返った実習場で言い出したのは、たしか、こいつだったような。
「宜しく、剣斗」
「……」
「一泊二日、がっつり狙うから」
「!」
そうだ、そのあと実習があるからって、今日加工する部品の図面をいきなり仰木が渡して来たんだ。俺はそれの概要を頭に入れることのほうに必死になって、だって、ほら、鈴木チームの実習だから、マジできついんだって。
そんで、その間に鈴木が連絡事項として、今年の歓迎合宿の部屋割をどうしたいかって、言い出して。
「おまっ! もしかして、さっき図面渡したのって」
「?」
「しらばっくれるな! お前なぁ」
「まだ、俺、全然諦めてねえからさ。あー、合宿が楽しみだ」
こっちはこっちで爽やかに笑いながら、しれっとそんな怖いことを言ったところでチャイムがなった。そして、鬼の鈴木の集合の声がかかる前に俺たちは慌てて実習場へと戻らないといけなかった。
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