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第32話 上の空キャンプファイヤー
たくさんしようっつったのによ。
もっと欲しいっつってんのに。
毎回毎回、セックスは一回のみって、あいつ、もしかして三つ年上って言ってるけど、三十年上とかなんじゃねぇの? 枯れたおっさんかよ。
「……」
っつうか、なんかあるんだろ。なんか悩んでるんだろ。そんくらいわかるんだからな。どうせまた俺からしてみたら、はぁ? って思うようなことをちまちま悩んでるんだろ。そんで、過去のことが邪魔をして言い出せないとか、そういう流れ。
言えよ。どんなこと言われても俺の好きはそう簡単には揺るがないって。
――そんじゃあ、行ってきます。
――あぁ……いってらっしゃい。
なんか言いたそうだった。そんで言いたいこともわかってる。
「えーそれでは、今日から一泊二日の新入生歓迎と就職活動についてのセミナーを開催する」
鈴木の私服姿に興味がない俺はうつむきながら、足元の砂利をつま先で転がしてた。
わかってんだ。あいつの言いたいことなんてさ。この合宿で、仰木と相部屋なのを心配してるんだろ。大丈夫だよ。襲われそうになったらキンテキして逃げればいいし。
「この合宿は各科ごとでコテージのエリアが決まっている。全科合同になるのは夜のキャンプファイヤーの時だけだ。就職活動についての話をしてもらうために、二年生から四年生、それと卒業生にも来てもらっているが、アルコール類は一切持ち込んではならないことになっている。しおりにも書いてあるなくれぐれもどさくさ紛れに飲もうなどと考えないように」
そのくらい心配されるレベルには好かれてるんだろうけどな。じゃあ、あいつ性欲が淡白なのか? 俺の初の時も、順番どおりにっつって、すげぇ焦らされたけど、あれは焦らしたんじゃなくて、淡白だから?
「あー、もう少し全科がごっちゃ混ぜになってカオスな祭りっぽくなるかと思ったんだけどなぁ」
「なるわけねぇだろ」
「ここのキャンプ場までだって現地集合現地解散だしよ。遠足みたいな感じのさぁ」
「小学生のガキじゃあるまいし」
仰木がつまらなさそうに溜め息混じりの文句を垂れる。
「でも、まぁ、それはそれで部屋でしっぽりってことにもなるかもな」
「バーカ、なんねぇよ」
俺は俺で、いっこうに諦めようとしない仰木に溜め息混じりでそう答えた。
「わかんねぇだろ? 彼氏は今、ここにはいねぇんだし」
「だから、そういうことじゃなく、俺は」
「でも、なんか、不満そうな顔してるぜ?」
「!」
「ビンゴ? 何に不満なのかはわからないけど、俺が、満足させてや、んぐっ!」
「アホなことばっか言ってんなよ」
「おい。品川、仰木。キャンプファイアーの支度、宜しく頼んだぞ?」
「「!」」
話をいっさい聞いていなかっただろう? と、鈴木がドラミングでもしそうな勢いで胸を反らし、ドヤ顔で、キャンプファイヤーで使う薪の運び入れ作業を俺らに命じていた。まるでボスゴリ……考えないほうがいいかもな。なんか、じいーっと見つめられると、読心術とか持ってそうだ。
「い、いってきまーす……」
鈴木が人使いが荒いのは実習担任だからよくわかってる。俺らはこれ以上何かを頼まれることがないよう、いそいそとその場を後にした。
「イタッ」
「どうかしたか? 剣斗」
薪を運んでる最中だった。腕の内側にチリっとした痛みが走って、小さく声を上げて、見てみれば、薪の毛羽立ったところで皮膚を引っ掻いたらしい。
「イテ……」
「あーあ、血が滲んでんじゃん。舐めてやろうか」
「ちょ、バカなこと言うな! つうか、いてぇんだから、触るなよ」
慌てて腕を引っ込めると、仰木がニヤリと笑いやがる。
「剣斗ってさ、けっこう痛みに弱いよな」
「あ?」
「前に実習の時も機械油がしみて痛がってたじゃん。色々敏感そうで、いいわぁ」
「バカじゃねぇの?」
「っつうか、お前、ちっとも落ちる気配ないね。ほんの少しくらい揺いだりしない?」
「しねぇよ」
するわけないだろ。こんなんじゃ、これっぽっちも揺るがない。腕に滲んだ血を自分の手で拭った。
「だって、お前のって、全部、身体目的だろうが」
「……あ」
「やりたいだけの奴に揺らぐほど、俺、バカじゃねぇから」
言いながら、矛盾してるなぁとは思う。仰木にはそんなことを偉そうに言いながら、俺の胸の内は、和臣ともっとセックスしたいってことなんだから。
「イテテ……」
ヤリたいんじゃないんだ。
「……あいつ、なにしてんのかな。今頃」
好きな人とセックスしたいんだよ。
「……会いてぇ」
昨日も一緒にいたのに。行ってきますって、あいつに言ってここに来たのに。数時間で恋しくなる。欲しくなる。好きだから、和臣とセックスしたくなる。それだけなんだよ。
――キャンプファイヤー後にセミナーだった。ほぼ睡魔との戦いで終わった。煙でいぶされまくった大学生集めて就職セミナーって微妙じゃね? 普通、順番逆じゃね?
そんな文句メールを部屋から送った。
「……」
けど、返信がない。この前にも、これから夕食って、ジンギスカンだっていれたけど、返信がない。
「……バカ」
怒ってんのか? 仰木と相部屋だから? だから返信しないのか? 無視すんなよ。近くにいないだから、チャリで五分じゃねぇんだから、モヤっても解消できねぇじゃん。
「そんなに怒るんだったら、行くなって言えばいいだろうが。ムカつく。野宿してやる」
お前がすげぇ嫌そうだったから、俺は野宿しましたー。っつって、満天の星空の写真添付して送ってやる。そんで、風邪引いて、高熱でうなされる俺を見て申し訳なくなれ。
「バーカ」
無視すんな。パチパチと燃え盛る火を見てたってさ、ロマンチックになんかならねぇよ。焚き火じゃん。地元でこんなのガキの頃から山ほどやったっつうの。田舎のキャンプ舐めるなよ。石窯が設置されたような立派なキャンプ場でなんかやったことねぇかんな。基本、河原の石を組んで自力の石窯だっつうの。鉄板ひとつでバーベキューできるっつうの。
拗ねた気持ちがスンと鼻を鳴らして、小さく丸まった。
どれもこれもあんまなんだ。楽しくない。和臣に会いたい。やばくね? こんなにべったりとかうざくね? 普通に呆れられてもおかしくないだろ。「バカップルかよ」そう思って、しらーっと冷めた目で見たことがある電車の中でイチャつくカップルレベル。俺ってこんなに甘ったれだったんかな。
なんか、自分でも呆れるくらい、ただただ――。
――ごめん。今から、部屋、出れる? できたら、あの一年に、別のとこで寝るって、話して。
もう不貞寝しかない。早く寝て、早く明日になって帰るのを待つしかないと、布団の中でも丸まっていた。ちょっと汚いけど、風呂も入らないでいいやって。裸になったら、仰木がまたおかしなこと考えるかもしれないし、俺も、もうくさくていいやって。不貞腐れて寝てた。その枕元で、いまだに返信待機していたスマホがようやくなった。
俺は飛び起きて、布団をマントのように翻し、そのスマホに飛びつく。
「!」
慌てて、早く帰りたいからと荷物だけはまとめておいたカバンを持って。
「あ! えっと、置き手紙!」
殴り書きの字で、仰木に手紙を残して。そんで――飛び出した。
「……」
「……か、ず」
ビビった。マジで、ビビった。だって、そこには、部屋を飛び出したら、森の中で夜空を見上げる和臣がいたから。
「おいで。剣斗」
そう言って、俺を手招いたから。
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