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第36話 スーパーデート
恋は、ほら、欲張りだからさ。
今、実は新に欲しいものがある。あるけど、それはまだ彼氏には言ってない。早いかもしんねぇ。いや、早くないだろ。好き同士だし。それに、俺はそれがあれば夕飯作っておいてやることもできる。失くすかも? いやいや、首からさげておけば大丈夫。だからさ――あれが欲しいんだ。硬くて、先が尖ってて、そんで、失くしたら大変な掌サイズに、あれ。
「カボチャと……ぁ、あと、豆もだろ」
あれだよ。あれ。合鍵。
「あーちょ、待って、ベーコン買いてぇからそっち寄る」
和臣の服の袖をクンと引っ張って、押してもらっているカートを止めた。野菜コーナーの次、右側にベーコンとかソーセージがあるから、そっちに寄ってから、精肉コーナーに寄った方がスムーズなんだ。
「なんか、すごいな、剣斗」
「あ? 何が?」
「俺より、ここのスーパーの配置詳しいじゃん」
「そりゃ……」
そうだろ。和臣のうちでデートする時は大概ここで夕飯の材料買って帰るんだから。場所くらい把握するっつうの。
「つうか! 前までどうしてたんだよっ!」
「前?」
前は……前だろ。つまり、俺とその、付き合う前の話だよ。自炊しなかったのかよ。そう、照れと、ここがスーパーマーケットで周りがママさんばっかりな中だからと、声がごにょごにょになった。
「適当」
「てっ! 適当って!」
「ホント、けっこう適当だったよ。弁当だったり、外食だったり。だからここのスーパーで買うものは後半エリアにしかなかったなぁ」
後半エリア、野菜とか魚とか肉じゃなくて、お惣菜とかペットボトルの飲み物とか、そっちのことだ。
外食が多かったのだって、遊んでたんだもんな。そりゃ、相手とレストランとかで飯食ってそのままホテルとかって流れもあっただろうし。
「前は、だよ」
「前……」
ふと、思った。
和臣は優しい。今だってカートを先に押してくれて、たぶんそれはナチュラルにしてることでさ。俺のことを女扱いするとかじゃなく、普通に人に対して優しい奴なんだ。
そんな和臣はどんな人と遊んでたんだろうって。どんな人とどんなふうに、遊びで付き合ってたんだろうって。
今、俺の目の前にいる和臣からは想像できないんだよ。
セフレとかさ。そういうのが今の和臣にはちっとも似合わないから。
「最近は、あそこのお店には行ってねぇの?」
「んー? マスターのとこ?」
「そう。なんか常連っぽかったじゃん」
「まぁね……あそこはゆっくり落ち着けたから」
たしかにあそこであのマスターと話してた和臣は今ここにいる雰囲気と変わらなかった。あの人、話しやすそうだったもんな。
「じゃあ」
「けど、いいんだ」
「……」
「ベーコン、買うんだっけ?」
ほぼ毎日、俺と家飯じゃつまらないかもしれないだろ。そこまで縛りたいわけじゃないんだ。だから、ゲイバーとか行って遊びたい時はいいんだ。行ってきたって別にかまわない。
「マスターのとこはそのうちな」
「……けど」
「今は、こういうの、いいなぁって、今思ってる」
「……え」
「なんか、好きだわ」
和臣が笑いながら、カートをグンと押した。半歩前を歩く和臣の耳がちょっと赤い気がした。
「……へ、へへ、だろっ! 俺も、こういうの良いと思うんだよ」
けど、俺もきっとちょっと赤くなってるかも。耳と、あとほっぺたと。だから、少し早歩きをして、隣に並んで、くすぐったさにふたりで笑った。
スーパーで買ったカボチャと玉葱とベーコン、それから仕上げにほうれん草も足して。コンソメスープだけで煮る。すっげぇ簡単なんだけど、ベーコンの塩味があって、カボチャの甘みがあって、美味いんだ。カボチャって切るのしんどいけど、煮えるの早いし、安いし。
それと肉炒めて、さっき和臣に手伝ってもらった千切りキャベツがあるから。
「って、言ったそばから」
「なんかあった?」
部屋のほうから、電話を終えた和臣が溜め息をひとつ落とした。
「んー……マスターから」
「え? あそこのバーの?」
「そう。まぁ、色々へこんでた時に相談乗ってもらったりしてて、心配もかなりかけたからさ」
ちょっとびっくりした。俺はどこかのバーの常連になんてなったことねぇし、地元にはああいうバーがそもそもなくて、あるとしたら、スナック「あけみ」くらい。酒は飲めない未成年の俺には飲み方だってわからないけど、あの人、和臣のことそんなに親身に……。
「最近来ないけど、元気にしてるのかって」
「あー、そうだよな」
たぶんだけど、和臣がそこの店に行ったのは、あの日、俺が駅で待ち伏せたのが最後な気がする。そのあとは頻繁に会ってるから、全部じゃないけど、大体の行動がわかってた。
「だから……」
「いいよ。行ってこいよ。たまには酒飲んで、パーってさ」
「一緒に行こうか」
「……へ?」
あと少ししたら俺もそこに混ぜてもらう気でいるから、今は留守番くらいちゃんとイイコでやれる。そう言おうと思ったのに。
「あそこの店、今度は恋人って紹介しに」
「! いっ、行く! 行くっ!」
思ったのに。少しくらいおとなしくしてようと思ったのに。和臣の誘いに返事が飛び跳ねた。
「い、いいのか?」
「あぁ」
「マスターに見せたいんだ。心配かけたけど、もう」
その次に飛び跳ねたのは心臓。
「もう?」
「遊びはやめたって」
甘いキスをキッチンでするっていうイチャイチャを期待して、心臓が小躍りを開始する。
「好きな子ができたって言いに」
「へぇ、好きな子がいんの? 和臣」
「そう、いるんだわ」
笑いながらキスが唇に。
「少し目付きが悪くて、柄は……悪そうに見えて、かなり家庭的で、裁縫が世界一上手くて、料理もすごくて」
「ン、ぁ、首筋、吸われるの、気持ちイー」
「そんで、うちの近所のスーパーの店内、把握してるくらい、しっかり者の」
抱き締められながら見つめられて、小躍りした心臓がピタッと止まる。
「ヤンキー」
「俺じゃん」
そして、トクトクと嬉しそうに動く心音がどっちかわからなくなるくらいぎゅっと抱き合いながら、今度は深いキスで、柔らかく優しく舌を絡ませ合った。
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