37 / 137

第37話 恋の違い

 螺旋階段を降りたとこにある扉を開けると、広くない店内、カウンターの中には髭ありの渋いおっさん。 「いらっしゃい」 「こ、こんちは」  あの時はなんか余裕がなくて、ゲイバーっていうのも知らずに入ったけど。 「っぷ、すごい緊張してる?」 「へっ? いや、そのっ」  この人も、もちろん、ゲイ。目を細めて、紳士って感じがする柔らかい物腰に、大人の遊びを心得てそうなゆったりとした動き。 「ずいぶん、印象が違うんだね。髪形が違うからかな」  な、なんかっ、色気がすごくね? 「綺麗な顔がよく見える」 「きっ、綺っ」 「あぁ、髪型のせいもあるだろうけど、あれだね。色っぽいことを覚えたせいかもね」 「色っ!」 「……っぷ」  こんな感じの人だったっけ? 「マスター、剣斗をからかわないでくれる?」 「ぷ、あははははは、ごめんごめん。いやぁ、可愛いなぁと思ってね」  大人の雰囲気と腰砕けになりそうなむせ返る男の色気がいきなり消えた。その代わりにまだ開店直後で人の少ない店内にはあっけらかんとした、営業モードオフの雰囲気が広がる。 「なっ、からかって」 「言ったの覚えない? 俺ね、ノンケだった子は範囲外にしてるんだ」  あ、そうだった。たしか、そんなことを言ってたっけ。そんで、俺に「ノンケ」なんて単語も知らないようなら、和臣のことは諦めろって。 「剣斗がノンケでもノンケじゃなくても、ちょっかい出さないでね」 「わかってるよ。和臣がこんな顔をするようになった相手を誰もかっさらったりなんてしないから。安心しな。わざわざ、開店直後のだーれもいない時間に来なくても平気だよ」 「そっ! それはっ」  今度は和臣が高らかに笑われた。そんで、和臣も苦笑いを零して。俺はそんな和臣を見て、なんかくすぐったい。やたらと嬉しそうに笑うからさ、その笑顔にさせてるのが自分だと思うと、たまらなくくすぐったいんだ。 「あ、そうそう! お祝いにって思ってね。和臣はスペシャルカクテル作ってあげるよ。それで、剣斗クンには、これね」 「……え?」 「フルーツパフェ。好きかい?」 「! 好きです!」  思わず、前のめりで返事をしてた。すげえ豪華なんだけど。なんだこれ。こんなん食っていいの? つか、チョコソースすごいんですけど。フルーツてんこ盛りすぎて零れそうなんですけど。 「いっ! いただきます!」 「どうぞ、召し上がれ」  そして、口にしたバニラクリームは甘くて香りがすごくて、一瞬で、とろけそうなほど美味かった。  パフェを食べ始めてすぐくらいに他のお客が入ってきた。そんで、その客は和臣の知り合いだったみたいで、俺も紹介されたり、すげぇパフェ食ってるねって話しかけられたり。なんか、和気藹々としていた。 「あんな和臣は初めて見たよ」  今、和臣はトイレに行っていて、俺はひとり、カウンターで残りのパフェを食ってた。 「へ? あ、そうなんすか?」 「あぁ、前はさ……」  何か、昔の和臣を思い出してるんだろうか。伏せた視線に少しだけ口元を綻ばせているけれど、ちっとも楽しそうな微笑みじゃなくて、寂しそうな笑顔だ。 「随分落ち込んでてね。荒れたし。その後はもう、マスターと客っていう関係超えて心配したくなるほどだったよ」 「……そんなに」 「まさにとっかえひっかえってやつだ。怖い話をするようだけど、良い人ばかりじゃないからね。心配でさ」 「……」 「一時の荒れ方はさすがに収まったけど、それでもね。あの子が初めての恋に浮かれたのを知ってるからさ」  そんなに夢中で、そんなに傷ついたのか。 「あの、やっぱ、違うんすか?」 「何が?」 「男女と、同性で」  マスターがぽかんとしてた。  そんなになんかあるの? 恋愛は恋愛だろ? 百戦錬磨っぽいマスターがノンケは範囲外って言っちゃうくらいの何か違うものがあるのか?  わかってるよ。セックスの仕方が違うとか、準備があって、大変だとかさ。わかってるけど、でも、できて、嬉しかったんだ。気持ちよかったのはきっと、和臣が上手かったからだと思うけど、そういうことじゃなくて、好きな人と身体重ねられたのがすごく嬉しかった。それは男女でも同じなんじゃねぇの? 「君は、真っ直ぐだなぁ」 「……」 「若いのもあるんだろうけど、そんなに真っ直ぐだから、和臣はあんなふうに笑うんだろうね」  この人も、なんかすげぇ痛い思いとかしたことがあんのかな。 「うらやましい……」 「剣斗はあげませんよ」  いつもよりあったかい掌が俺のうなじを包み込むように撫でる。酔っ払ってるんだろ? 体温たけぇし、ちょっと、スキンシップが部屋の中のノリになってる。 「そろそろ帰ろう。剣斗」 「へ? あ、ちょ待って、俺、パフェが。それに、まだ話しが」  グラスの底に溜まってたチョコとバニラ溶け合った甘いクリームを慌ててたいらげて、先を歩いちまう和臣を追いかける。 「また来てね」 「今回は特別です」 「二人で来ればいいじゃないか」 「トイレもおちおち行ってられないのに?」 「だから、俺はノンケは」  そんな会話を聞きながら、やっぱり思ったんだ。気持ちイイには種類があるけどさ、嬉しさは一緒じゃないかなって。キスできて嬉しい、セックスできて嬉しい。手を繋げて嬉しい。その「嬉しい」に男女とか同性は関係なくねぇ? って。 「なぁ、まだ、早くね?」 「ダーメ、お前、未成年だろ」 「同伴者いるじゃんか」 「そういう問題じゃない。夜になればハッテン場とかも賑わうから、危ないの」  夜でももう半袖で良いくらい。これなら、寝る時のタオルケットも早めに用意したほうがいいかもしれない。 「ハッテン場?」 「……お前の知らなくていいとこだよ」 「は? なんでだよ」 「なんでも。ほら、帰りますよ」  そして、手を繋いだら、ほら、気持ちが跳ねる。 「それと、剣斗さ」 「?」 「お前、口にクリームついてる」 「!」  ほら、もっとすげぇ跳ねた。好きな人とキスしたから。 「おま! ちょ、ここ!」 「この続きがしたいんだから、早く帰るぞ」 「!」  嬉しい、は一緒だと思うんだ。 「わかった。そういうことなら、俺もすぐ帰りたいから、帰る」 「あはは、はやっ! えー、すたすた速いなぁ」 「ワガママかよ! いいから! ほら、早く帰ろうぜ、酔っ払い」  好きな人と一緒にいるから、それだけで、飛んで跳ねてはしゃいで、踊って。酔っ払いを引っ張って、スキップするように帰れるって思うんだ。

ともだちにシェアしよう!